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TAKE 52 鎮痛剤
麻酔が切れかけた頃から、看護師さんが言った通り、じんじんと痛くなってきた。
痛みを我慢する必要はないとのお言葉に甘え、僕は鎮痛剤追加のボタンをその都度押した。それでも動けない辛さはいかんともしがたい。苦痛に顔を歪めていると、カーテンの向こうに人の気配がした。
「伊織? 起きてるか?」
享祐っ!? 来てくれたんだ……。こんな姿見られたくないけど、痛みがすっと抜けたのを感じる。
「うん……享祐、入れてもらえたの?」
目が覚めてからまだ一時間くらいで、病室に戻れていない。東さんですら顔を見せてないのに。
「それは、まあ。有名人の特権ていうことで」
言いながら仕切りのカーテンをそっと開け、顔を覗かした。
「伊織……ああ、ホントにすまなかった……なんて酷い」
心配に苦悩を加味した、享祐の方が酷い顔してるよ。
「享祐のせいじゃないよ。それに、意外にも平気だよ」
ちょっと嘘だけど、意識が朦朧としていた時よりずっと元気だ。医者や看護師さんの言葉で安心したのが大きいんだろう。それに……。
「享祐の顔見たら、痛いのも飛んでった」
「何言ってる……」
享祐は僕のすぐそばまで来て、頭を優しく撫ぜてくれた。まるで親が子供を宥めるように。僕の心に安堵が広がる。
「そばにいるから。遠慮せずに眠っていいからな」
本当に何故なんだろう。さっきまで痛いし動けなくて辛かったのに、享祐がいてくれるだけで楽になる。鎮痛剤より効くよ。
「うん……ありがとう」
僕は目を閉じる。安心感のせいなのか、疲れのせいなのか、僕はまた眠りに落ちていった。
僕を襲撃したのは『有松若菜』(自称24歳)。
享祐のファンクラブにも入ってる熱心なファンだそうだ。享祐が出演するドラマや映画はもちろん、CMやインタビューも全部録画して、掲載してる雑誌もくまなく購入するくらいの。
彼女は例の真壁さんの記事を見て、由々しきことだと案じていた。
『越前享祐にリアルな恋人なんて必要ない』
警察の取り調べでそう断言した。と、僕の病室にやってきた刑事さんが教えてくれた。病院側の配慮で、手術翌日の午後、個室に移ってから十五分だけ事情聴取を受けた。
「病院の入り口にマスコミがうようよしてましたよ」
わずか十五分では、事情聴取というより、現状報告しかできない。同席してた看護師に追い払われた刑事たちは、最後に捨て台詞のように言って帰って行った。
「東さん、ほんと? 病院に迷惑かけてないかな」
個室に移ってすぐ、東さんが来てくれた。彼は既に事情聴取を受けていたみたいで、刑事さんが入ってきたらうんざりした顔してたな。
「そんなこと伊織さんが気にすることないです。あの人たちも余計なことを。こっちは被害者だっていうのに」
珍しくムッとした表情で言う。だけど、一応は芸能人の僕が人に刺されたんだ。マスコミが集まって然るべきなのか……。
――――そんなにマスコミが集まってるんなら、享祐はもうここには来れないな……。
日にち薬とは良く言ったものだ。痛みは少しずつだけど和らいでいる。まだ鎮痛剤は放せないけど。
昨日、目が覚めたら享祐はいなかった。看護師さんに追い払われたみたいだ。仕方ないよね。
――――でも、会いたいな……享祐。
寝返りはまだ自由に打てない。
「あれ、誰か来たかな」
ぼんやりと天井を眺めていた僕の耳に、誰かの訪問を告げる扉を叩く音がした。
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