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TAKE 54 東さんの憂い
「明日、記者会見する」
東さんが買ってきた珈琲を飲み干すと、享祐は席を立った。名残惜しいけど、ずっといてくれるわけじゃない。
「あ、うん。そうなんだ」
帰り際、享祐が東さんにも聞こえるように言った。当然と言えば当然だけど、記者会見か……。
「体、辛くなかったら見てくれるかな」
「もちろん見るよ。明日にはもっと良くなってるから大丈夫」
背筋を伸ばすと、長身の享祐はさらに大きく見える。姿勢がいいから自然に威圧感が増す。それは何かを決心したかのように思えた。
「あの……どのようなことを話されますか? うちの三條についても……」
東さんがおずおずと尋ねた。享祐の得体の知れない雰囲気に嫌な予感でもしたんだろうか。
「ああ……そうですね。もしご迷惑をおかけしたら申し訳ないです」
「へっ? それはどういう」
「では、失礼します」
東さんが縋るように放った言葉を無視し、享祐はドアの外へと行ってしまった。扉が閉まる寸前、僕をちらりと見て。
――――何を考えてる。享祐……。記者会見で何を言うつもりだ?
「なんだろう、なんか嫌な予感しかしないっ」
もういるはずもない廊下を見に行ったり、戻って来ても病室をウロウロしたりと東さんが落ち着かない。
「大丈夫だよ。僕は、享祐が何言っても全然平気だよ」
――――そうだよ。たとえ、真実を言ったとしても。
「それ、いつのまに名前呼び捨ててんですか」
僕が『享祐』呼びしたのを咎めて来た。言われてみれば、東さんの前では『越前さん』って呼んでたかも。
「いつの間にって言われても……」
「はああっ……」
東さんはがっくりと肩を落とし、これ見よがしに大きなため息をついた。
「さっき売店行ったついでに病院の玄関に行ってきたんですよ」
「あ、どうだった? 記者さんたくさんいた?」
「いました。病院側と協力して警備の人頼んでるから、患者さんには迷惑かけてないと思うけど、結構いましたね。それで、ウチの事務所の子に聞いたんですが……」
東さんの表情はさえない。何かあったんだろうか。
「越前さんがここに来た時、記者団が色めき立ったって」
「そりゃ……そうだよね」
「でも、あの人は全く動じず、むしろ堂々としてたと。記者がマイクを向けると、『記者会見で話しますので、患者さん方に迷惑かけないようお願いします』って言ったそうですよ」
カッコいい。その姿を想像すると、普通にときめいてしまう。だけど東さんはご不満な様子だ。これはどう対応すればいいんだろう。
「それが何か……悪いの? 共演者が自分のファンに刺されたんだ。見舞いにくるのは当たり前だろ?」
当たり前とは思わないけど、享祐ならそうしてくれると思ってた。
「伊織さん、いつまでも私を騙せると思わないでください」
「えっ……」
大分元気になったとは言え、まだ抜糸はおろかドレーンも抜けてない僕に脅すような口ぶり。顔も笑ってないよ、東さん。思わず息を呑む。
「私には正直に言ってください。伊織さん、越前さんと付き合ってますよね?」
ううっ。なんか、真壁さんみたいな聞き方する。しかも、脇腹がじんじん痛くなってきた。
――――どうしよう。ここはもう、言ってしまった方がいいのかも。いや、
享祐に相談もなく言っちゃ駄目だよな?
「い……痛い」
「え? 伊織さんっ!?」
ずるいかもしれないけど、本気で傷口が痛くなってきた。僕は迷わずナースコールのボタンを押した。
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