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TAKE 55 大事なこと
傷口に異常はなく、鎮痛剤が切れただけのようだった。看護師さんは新たに点滴を付け、鎮痛剤をくれた。
「ごめん。東さん。少し休むよ」
「了解です。すみませんでした。こんな時に……」
「いや、心配かけてごめん」
東さんは寂しそうな笑みを浮かべ、ショルダーバッグを抱えた。一度事務所に戻ると言う。タッグを組んでから三年。ずっと僕を支えてきてくれた人だ。
ちゃんと話をしなくてはと思いながら、僕は目を閉じる。薬のせいか意識がぼんやりしてくる。そのまま眠ってしまった。
「まだ三時にもなってない……」
変な時間に眠ると夜中に目が覚める。しかも鈍痛に気が付いての目覚めなのですっきりしたものではない。食事もまだしっかりとれなくてお腹も空いた。
――――鎮痛剤飲んじゃおう。
そういう時は、我慢をせずに痛みとさよならするに限る。それにこれを飲むと眠くなるので一石二鳥だ。
――――明日の記者会見、享祐は何を言うんだろう。
眠気がやってくる前に、僕はぼんやりした頭で考えた。
『体が辛くなかったら、見てくれないかな』
そんなふうに言ってた。なにか、大事なことを言うんだ。それを察した東さんがビビってた。
――――でも、とりあえず事件のあらましを言うんだよね? 彼女が僕らの関係に腹を立てて、邪魔な僕を排除しようとした。
『あなたは越前享祐を堕落させている』
馬鹿な記事を信じて。と言われているけど、実際は本当のことだ。彼女は享祐を強く思うことで、もしかしたら事の真実を見破っていたんじゃないか。だからこそ、僕の存在が疎ましく……。
――――もし僕が女優さんだったら、どうなんだろう。同じように『堕落させている』って思うのかな。それは考えても仕方ないのかもしれないけど。
僕に対して申し訳ないっていうスタンスを取るのだろうけど、それは少し辛いな。享祐は少しも悪くない。
加害者の彼女にしても、あまり強い言葉で非難して欲しくない。なんてお人好しが過ぎるか。
――――その辺りの経緯や謝罪をするんだろうけど、それだけで『見て欲しい』って言うだろうか。
夜が更けてもなぜか眠気がやってこない。堂々巡りする僕の思考はそれでも気付いてた。享祐は、僕との関係が嘘ではないことを言うのだろうと。
鎮痛剤が効いて眠りに落ちた時は、既に空が白んでいた。
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