幕間 その14

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幕間 その14

「あのファンのこと、知ってたんだろ。なんで向こうの事務所にもちゃんと警告しておかないんだよ」  享祐は事務所の社長室で青木に詰め寄った。社長も慌てて椅子から飛びあがり、二人の間に入る。  応接セットにはお茶が準備されていたが、享祐は座りもしない。 「まあまあ、越前君、落ち着いて」 「これが落ち着けるかっ! ちゃんとした理由がないなら、俺はここを退所しますよ」 「ええっ、いやいや、ちょっと待て」 「越前君、あなたの言う通り、私のミスだわ……本当にごめんなさい」  社長がなだめる横で、青木女史が深々と頭を下げた。表情は硬く、その言葉に嘘はないように思えた。 「まさか、三條君に危害を加えるなんて想像できなかった」 「何度もあのマンションに行ってたそうだぞ」 「それは……」 「そんなの気付くわけないじゃないか。越前君、無理言うなよ」  怒りが収まらない享祐に、社長もさすがに呆れて青木の肩を持った。自分のタレントを守ることがマネージャーの義務だ。相手は相手で気を付けるべきだろう、というのが社長のスタンス。 「何言ってんですか。正気ですか、社長。僕のファンを名乗る女性が、よそ様のスターを傷つけたんですよ。下手をすればもっとひどいことになってたかも……」  自分で言って享祐は息を呑んだ。そんな恐ろしいことになっていたら、とても正常ではいられなかっただろう。 「いや、それはもちろん。向こうには謝罪に行ったけど、それで済ませるつもりはない。三條君の状態が良くなったらお見舞いにも行くぞ」 「当たり前ですよ、そんなの」  享祐は吐き捨てた。実際、伊織の事務所には享祐、青木も同行している。向こうの事務所はここに比べれば小さく若い。  伊織の怪我が心配したほどでもなかったこともあり、返って恐縮された。しかし、享祐の心は申し訳なさでいっぱいだったのだ。 「越前君、あなたが憤るのも当然だし、私も本当に申し訳ないと思ってます。でも、とにかく今後のことを考えないと。大きな事件になってしまったし、放置はできないわ」  結局、青木も自分のタレントが無事であったことで満足している。少なくとも、伊織が死ぬようなことがなくてホッとしているのだ。享祐はそれすら腹立たしく、まだまだ言いたいことはあった。  だが、過ぎても仕方がないことを重々承知していた。手術が無事に終わったことで、享祐もいくらか落ち着きを取り戻していたのだろう。 「明日、記者会見を開く。準備してくれ」 「そうね、それはもちろん……弁護士の先生も同席してもらいましょう。社長もいいですよね?」 「ああ、風間先生に頼もう」  風間というのは、事務所が雇用している弁護士だ。こういう社会はトラブルが多く、彼の出番も少なくない。享祐は使ったことはなかったが。 「台本はそっちで用意してくれていい。ただ……」 「ただ」 「俺自身が話すから、そのつもりで」  享祐は話は終わったとばかりにドアへと向かう。 「それは……どういう……」 「どうもこうもない。そういうことだよっ」  振り向きもせず、享祐はそのまま部屋を出て行った。その姿を見送る青木はため息を一つついた。 「青木君、大丈夫か? 記者会見……」 「大丈夫じゃないでしょうね。でも、やらないと、享祐はウチの事務所から……いえ、この世界から出て行ってしまいます」  社長は『冗談じゃない。どういうことだね、それはっ?』と、わめきだした。  それが聞こえているのに知らん顔し、青木は享祐が去った扉を見つめていた。
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