TAKE 57 それぞれの覚悟

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TAKE 57 それぞれの覚悟

「嬉しい……」  心のどこかでずっと隠れていた僕の本音が、たくさんの壁を突き破って躍り出た。もうそれを取り戻すことはできない。 『じゃあ……いいんだな?』  意表を突かれたのだろう。少しの間の後、覚悟を決めたような声が届いた。 「うん。よろしくお願いします。享祐に、全て任せるから」  一人に背負わせて申し訳ない。そんな思いもあった。 『本当は今日、会いに行きたいんだけど。準備があって難しそうなんだ』 「大丈夫だよ。僕のことは気にしないで」  どう言えばいいんだろう。会いたくてどうにかなりそうだけど、言葉にしても困らせるだけだ。 『記者会見が終わったら、出来るだけ早くそっちに行くよ』  享祐はそう言うけど、会見の後、ここに来たらえらい騒ぎになるんじゃないかな。でも、そんなことをここで危惧してても仕方ない。僕は努めて明るく返した。 「うん、待ってる。記者会見も必ず見るから、頑張って」 『ああ、伊織……』 「なに?」  スマホの向こうで、すっと息を吸う音が聞こえた気がした。 『好きだよ……』  低音の甘い声が僕の胸をいっぱいにする。検温では平熱だったけど、突然熱が上がったんじゃないかな。顔が熱い。 「僕も、僕もだよ、享祐っ」  スマホに向かって僕は必死に応じる。大きな声では言えなかったけど、想いを込めて訴えた。伝わるようにと。  自然と涙が溢れてきて、スマホを持つ手を濡らした。 「玄関前の報道陣、増えてますね」  10時頃、東さんが来てくれた。僕が頼んだ雑誌やパジャマを大きなバッグから取り出している。  記者会見の報が各メディアに伝わったのは今朝になってからのようだ。僕の事務所にも、正式にお知らせが来たと東さんが教えてくれた。 「患者さんたちに迷惑かけてないかな」 「伊織さんは心配しなくて大丈夫ですよ。ウチや向こうの事務所がちゃんとやってますから」 「そうだね……心配しても仕方ないか。ありがとう」  17時まではまだ時間がある。こんなソワソワした気持ちで待つのは辛いな。  ――――享祐は準備で忙しいって言ってた。刑事事件だから、言っていいことと悪いことがあるだろうし。弁護士とかと相談してるのかも。 「伊織さん?」  思案顔でもしていたんだろうか。心配そうな表情で東さんが僕の顔を覗く。 「あ、いや。落ち着かなくて」 「そりゃそうでしょう……私だって落ち着かなさすぎですよ……伊織さんは、越前さんが何を言うのか聞いてるんですか? 事件の経緯や謝罪以外になにかあるんですか?」  目がマジだ。担当の俳優と噂になっている相手側が記者会見をするシチュエーション。  こちらの用意もなく、『交際宣言』されたら、事務所は対応に大わらわだ。しかも通常の『交際』じゃあない。それは何も特別じゃないって僕は思ってるけど、一律歓迎してくれるほど世の中甘くない。 「東さんには本当のこと言わないと駄目だよね」 「ううっ! それって、やっぱり……」  聞いてきたくせに、聞きたくなさそうだ。気持ちはわかるけど、覚悟してもらうしかない。 「うん。僕は享祐のことが好きだ。享祐も僕のこと……。今日の会見で、公表すると思う」  ひゅうっと息を吸い込む音がした。少し丸い体をふらふらとさせ、東さんは病室に置かれたソファーに倒れ込んだ。 「東さんっ!? 大丈夫?」  倒れ込んだまま、東さんは身じろぎせずにただ天井を見上げた。 「はああ。やっぱりそうでしたか……」  大きなため息とともにそう呟くと、しばらくただ白いだけの天井を睨みつけていた。
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