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TAKE 60 宣戦布告
『僕はその人を守りたい気持ちしかありません』
享祐はそう言ってくれた。胸がいっぱいになって、その凛とした表情が良く見れなかったのが悔しかった。
『自分らの恋愛を特別視されるのは仕方ないと理解しますが、それ以上でもそれ以下でもない……』
それは、僕らを取り巻く人々への宣戦布告にも聞こえた。
――――享祐は僕らのことを、いや、僕のことを、特異な種類の人間として扱うのは許さないって宣言してくれたんだ。理解を超えることには容赦しないと。
「はい、了解しました」
テレビに見入っていた僕の隣で、東さんが慌ただしく立ち上がった。いつの間に電話してたんだろう。
「伊織さん、今、社長から電話があって。私は事務所に戻ります」
「あ、うん。迷惑かけるけど……」
「止めてください。そんなこといいんです。改めてでもないですが、私は三條伊織を担当して良かったと思ってますよ。想いを貫く姿はカッコいいです」
軽口を叩くように、東さんは口角の片側をフイっと上げた。
「え、よしてよ。そんないいもんじゃないよ」
僕はなんだか赤面する。
「いいですよ。十分に。それより、仕事のことはこちらに任せて、しっかり療養してくださいね。元気になったら、お仕事、山のように準備してますから」
「え? いや、うん。了解」
山のような仕事。それは一つの賭けだ。傷害事件の被害者であり、越前享祐の恋人。
こんな色々冠が着いちゃった俳優を、オファーするような制作側あるだろうか。勝ち取ったオーディションだって、断られても文句は言えない。
――――それでも僕は、今尻尾を巻いて逃げるつもりはない。本当は、それでもいいと思ってた。享祐と結ばれるためなら、仕事なんかどうでもいいって。
だけど今は違う。享祐がなんのために記者会見をしてくれたか。どうして、あんなことを言ったのか。全ては僕のためなんだ。
――――今まで以上に、存在感のある俳優になってやる。シーズン2だって、出来るのであれば全身全霊で演じてみせる。
僕はパタパタと片付けて病室を後にする、東さんの背中を見送った。丸くて、頼もしい背中を。
夜も遅くなり、僕はベッドの中でウトウトとしていた。さっきまで東さんの代わりに来てくれてた事務所の子も帰ってしまった。
この部屋は刑事事件の被害者ということもあって、限られた人しか入れない。だから安心して休めるんだ。
ずっと腕にはまっていた点滴も明日のうちに抜けると看護師さんが言っていた。
抜糸までは無理できないけど、それでも個室内をウロウロするくらいはできるようになってる。今日は興奮したのもあって動きすぎたようだ。
――――やっぱり、享祐は来れないかな。
スマホを眺める。あの記者会見の後、享祐からは何の連絡もなかった。きっと色々忙しいんだろう。
そう想像できても寂しかった。電話の一本くらい欲しいよ。僕のメッセージも、既読がついたまま。
――――ありがとう。
って一言だけ送った。いっぱい言いたいこと、伝えたいことがあったけど、言葉にできなかったんだ。
ベッドでの寝返りは、点滴が付いてても何とかなる。僕は扉を睨むように体を横にした。
トントン
「えっ! あ、はい、どうぞっ!」
僕は跳ね上がる。途端に腹部に痛みがきたけど、感じてる暇はない。
「遅くなってごめん」
扉を開けてきたのは、僕が待ち焦がれていたその人だった。
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