TAKE 61 ありきたりな恋愛ドラマ

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TAKE 61 ありきたりな恋愛ドラマ

「外、大丈夫だった? 報道陣、いただろ?」  夜中だって病院の周りに連中はいるんだ。病院はもちろん、ご近所様にも迷惑になってやしないか僕は心配だった。  享祐だって、その輪をくぐり抜けないとここにたどり着けない。 「気にすることはない。俺は全く平気だ。恋人の見舞いに来るのになんの遠慮もない」 「享祐……」  僕はベッドの布団とテーブルを退け、降りようとした。 「あ、降りなくていいよ」  そう言うと僕の傍に腰を下ろした。僕はベッドの背を起こす。  二人の間はあっという間に至近距離になった。こんなに近くに寄ったのは、あの夜以来だ。ナイフで刺される前の夜……僕が享祐の部屋に泊まってしまったあの夜。 「会見、見てくれたんだな」 「当たり前だろ。息もせずに見てたよ」  冗談でもなく、僕は真面目な顔して答えた。 「嬉しかった。本当に。僕は……この世で一番幸せ者だ」 「それは、大げさだな。でも、ありがとう」  享祐が僕の顔のすぐそばでふっと笑う。息がかかるのにうっとりとしてしまった。 「俺も、世界で一番幸せだよ」  享祐の右手が僕の頬に優しく触れる。おもむろに上へと上げさせ、僕は息を止めて目を閉じた。  柔らかな享祐の唇を感じる。ずっと触れたかった、その全てが今ここにあって、僕は点滴の管が付いたまま、享祐の背中に腕を絡めた。 「伊織……」  力強い享祐の腕が僕を抱きしめる。僕は、そのまま溶け消えてしまいそうになるのを一生懸命耐える。  もう一度、唇が触れ合うと、お互い何も言わず舌を絡ませ合った。 「あ……」 「ごめん、大丈夫か」  痛みは感じなかった。でも、点滴の台がずれて音を立てた。 「ん、大丈夫」 「まだ手術して間もないのに、ごめん」  享祐は体を離し、そばにあった椅子を持って来て腰かけた。物凄く寂しかったけど、仕方ない。  早く良くなりたい。単純な僕は子供のように、そう強く思った。 「最後の……感動したよ……」  僕らはそれから、記者会見のことを話した。享祐は僕の手をずっと握ってくれて、暖かな想いをその間じゅう感じていた。 「ん、そうか。少し生意気過ぎたかなと思ってたが。逆に反感買ったかもって」 「そんなことないっ。それにたとえあっても、ヘッチャラだよ。僕は」  享祐は『ええっ』と軽くのけぞり、それからふっと小さく笑った。 「どこだったかな。なんかの記事で、俺、作者のコメントを読んだんだ。『最初で最後のボーイズラブ』のさ」 「ああ、うん」  突然、何の話だろう。このドラマの原作者は紫陽花(あじさいではなく、ムラサキアキカと読む)さんという方。彼女は表に出るのを嫌がり、顔も本名も一切出していない。  今回、演じさせていただくにあたり、僕はお手紙を差し上げた。とても好意的なお返事を頂いたが、会うことは叶わなかった。 「なんて書いてあったの?」 「この作品はありきたりの恋愛ドラマを書いたものだって。恋愛には正解も誤答もないから、楽しんで欲しいと書いてあったな」  ありきたりの恋愛ドラマ。正解も誤答もない……か。 「素敵なコメントだね。さすがというか……」 「そうだな。俺もそう思う」  どんなに不細工な恋愛も、映画みたいな恋も、間違いじゃない。みんな一生懸命、人を好きになる。男でも女でも、時には偶像にだって恋することはある。  ――――それでいいんだ。自然体でいればいい。 「享祐……」 「ん、どうした?」 「もう一度、キスして」  少し驚いたように、享祐は二重の瞼を大きく開いて見せた。そしてそれから、頬に薄い皺を寄せて微笑む。 「仰せのままに」  ゆっくり立ち上がり、享祐はベッドに片膝をつく。それから僕の頬を両手で包み込むと、まるで壊れ物を扱うように優しく、唇を重ねてくれた。
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