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4 襲来
晴斗は吐き気を催すほどの頭痛に顔を歪める。
体中が鉛のように重い。酒に頼らなければ眠れないなんて、自分でも情けないと思う。
だが二日酔い程度で休むわけにもいかず、晴斗はいつも通りに出勤する。
「相沢くん大丈夫? 顔色が悪いようだけど、あまり無理しないようにね」
「はい、ありがとうございます」
心配そうに尋ねてくるマスターに、晴斗は何とか笑顔を取り繕った。
今日の店内はかなり賑わっていた。気分が悪い中では客の相手も一苦労だが、どうにか仕事をこなしていく。
ようやくのことで客足が落ち着き、休憩時間に入る頃にはすっかり疲れ果てていた。
「今日は早めに帰った方がいいぞ」
店の裏口で膝を抱えて座り込んでいたら、礼司が話し掛けてきた。
「平気だよ、これくらい慣れているし」
礼司は呆れたように嘆息する。
「あいつのことを気にしているのか?」
晴斗は返答に困ってしまう。
図星だった。今日も康太が来店したらどうしようかとずっと不安に思っていたのだ。
煮え切らない晴斗の態度に礼司は不満そうだった。
「そもそもどうしてあいつと付き合ったんだ?」
「あの人は、僕の支えになってくれたから」
晴斗が康太と出会ったのは、母と妹を事故で亡くしてすぐのことだ。
生きる希望を失って塞ぎ込んでいたあの当時、優しく声を掛けてくれたのが彼だった。
『キミがどんな事情を抱えているかは知らないけど、俺が力になるよ』
それが晴斗にとってどれほど救いになったことか。
孤独に押し潰されそうになっていた心に光が差し込んだ。彼のおかげで立ち直ることができたと言っても過言ではない。
晴斗は同性に興味はなかったが、康太を心の底から信頼して、その好意を受け入れてしまった。
「今思えば、彼はただ従順で都合のいい相手が欲しかったのかもね」
晴斗は自嘲気味に呟く。
彼の言うことには逆らわずにいたし、家事も積極的にこなした。キスやハグ以上のことも求められれば、できる限り要求に応えようと努力した。
彼と過ごす時間は楽しくて、間違いなく幸せだった。
それも過去の話だけれど。
『悪いけどさ、俺はお前と違って同性愛者なわけじゃないんだよ』
あの言葉が今でも頭から離れない。
なんて身勝手な言い分だろう。晴斗だって男性が好きだったわけではなく、相手が彼だから受け入れたに過ぎないのに。
「嫌な奴だな」
礼司が吐き捨てるように言う。
「うん、そうだね」
晴斗は苦笑する。
「キミが僕の立場ならどうする?」
「俺なら間違いなくそいつを半殺しにしたと思う。お前だって、少なくとも一発はあいつを殴っておくべきだ」
礼司は真剣に主張してくる。
「さすがにそうもいかないよ。それに、僕はもう大丈夫だから」
「大丈夫な奴が昨日あれだけ飲んだのか?」
晴斗は黙り込んだ。彼の言う通り昨夜はどうしても寝付けなくて酒に頼ったが、その選択が間違っていたことは否めない。
わかっていても自分ではどうしようもなかったのは、あの男に少なからず未練があったせいだろう。
今さらあんな奴と復縁なんて絶対にあり得ない。
けれど彼が現れた時、心の奥底で喜んでいる自分がいたのも事実だった。
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