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5 添い寝
その日はバイトの休みを取って、晴斗は礼司と一緒に家を出た。
途中で花屋に立ち寄り、買ったばかりの花束を持って歩いて行く。
「どこへ行くんだ?」
礼司の問いに、晴斗は少し悲し気に微笑みながら答えた。
「お墓参り。今日は、妹の誕生日だから」
町外れの霊園へと足を踏み入れた晴斗は迷わず家族の眠る場所へと向かう。墓の前で手を合わせて目を瞑ると、両親や妹との思い出が蘇ってくる。
家族に会いたい、会って話がしたい。叶わない願いを胸に抱きながらふと隣を見ると、礼司も自分と同じように墓に手を合わせてくれている。
幽霊がお祈りをするというのも変な話だが、晴斗は嬉しかった。
「ありがとう、礼司」
礼を言うと、彼はたいしたことじゃないと言いたげに静かに首を横に振る。
「どんな子だったんだ?」
「え?」
「晴斗の妹って」
晴斗はもう一度墓石に視線をやった。
「明るくていい子だったよ。晴美っていう名前でさ。生きていたら今日で十二歳になったんだけど」
「晴美?」
その名前を聞いて礼司は首を傾げる。けれどしばらくして「そうか」と静かに答えるとそのまま黙ってしまった。
「なぜ家族は死んだんだ?」
「三年前に、乗っていたバスが事故に遭ってさ」
あの時のことは今でも覚えている。酷い雨の日だった。乗っていたバスが大型トラックと衝突し、気付いた時には病院にいた。多くの怪我人を出した事故だった。母と妹は亡くなってしまい、家族の中で自分だけが助かったのだ。
「バスの事故」
小さく復唱する礼司に、晴斗は力なく笑う。
「そろそろ行こうか」
二人は来た道を戻っていく。
「僕ももっと、しっかりしないと。今夜はお酒なしで眠れたらいいんだけど」
苦笑しながら言うと、礼司は真面目な顔で答える。
「なんで飲まないと寝られないんだ?」
「酔ってないと色々と考えちゃうんだよ。嫌なこととか、昔のこととか」
自分でも繊細過ぎるとは思うけれど、こればかりは仕方がない。
「眠れないのなら、付き合ってやろうか?」
「え?」
「悩みがあるなら相談に乗ってやる」
表情一つ変えずに言われてしまい、晴斗は押し黙った。まさかそんな申し出を受けるなんて思ってもみなかった。
「いや、別にいいよ。僕は大丈夫だから」
晴斗が笑顔を作ると、礼司はほんの少しだけ不満そうな顔をする。
「お前はいつも『平気』とか『大丈夫』って言うな」
その返答にどきりとする。礼司は表情を変えないまま続けた。
「俺には本当のことが言えないのか? それとも、頼りにならないと思ってるのか?」
「そういうわけじゃないけど」
そう言いつつ、彼の顔を直視できずに俯いてしまう。
気が付いた時には、我慢をすることが癖になっていた。昔からあまり人に頼ったり甘えたりする性格ではなかったせいもあるだろうが、母と妹を亡くしてからはそれがますます顕著になった気がする。
本当は誰かに寄りかかりたいし、助けてもらいたい時もある。
けれどどうしても、自分の口からそれを言葉にすることはできなかった。
「晴斗」
不意に名前を呼ばれて顔を上げる。
いつの間にか立ち止まっていたようで、すぐ隣で礼司が自分の方を見つめていた。
「無理だけはするなよ」
真剣な眼差しで見つめられ、心臓が大きく跳ね上がる。どうして会ったばかりの自分に、こんなにも真っ直ぐな眼差しを向けてくるのだろう。
晴斗は心の底にある感情を刺激される。今まで感じたことのない不思議な感覚だ。
「ありがとう」
どうにかそれだけを口にすると、彼らは再び歩き始めた。
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