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晴斗はたくさんの友達に囲まれていて、優しい家族と貧しいながらも幸せに過ごしてきた。
一方礼司はあまり周囲に馴染むこともなく、一人でうまくやってきたみたいだ。孤独なんて気にせずに、真っ直ぐに生きてきたのだろう。
「だけどお前といるのは落ち着くな」
「えっ?」
不意の呟きに、晴斗は驚いて彼を見つめた。
「お前といると安心できる。初めて会った時からずっとそんな感じだ」
相変わらず、礼司は感情の起伏を感じさせない口調だ。けれど、その声はいつもより穏やかなそれに思えた。
「俺の話はもういいだろ。それよりお前の話だ」
「う」
晴斗は言葉に詰まる。礼司は何もかもを見透かすようにこちらを見ていた。
「お前はどうして『平気』だとか言って無理をするんだ?」
その言葉に晴斗はすぐには答えられない。
「従兄が押しかけてきた時も、元カレの時もそうだし、家族のことも。つらくないわけないだろ。なのに、弱音を吐かないな」
礼司の言葉が胸に突き刺さる。
確かに彼の言う通り、殴られた時も抵抗しようともしなかった。最初から諦めて、されるがままだった。
自分の気持ちがうまく表現できずに晴斗は口ごもる。
このままだと、今まで必死にせき止めていたものが溢れ出してしまいそうだ。
「お前が自分を大事にしない姿を見るのは嫌だ」
「そんなつもりはないんだけどね。でも、心配してくれてありがとう」
晴斗は礼を言うが、礼司は納得していないようだった。
「お前はもっと肩の力を抜いて生きればいいんだ。無理なんてしなくていい」
「それこそ無理な話だよ」
「なぜ?」
「なぜって……それを説明するのは難しいな」
「なら、できるだろ? これ以上、傷つかないでほしいんだ」
礼司は諭すように言ってくる。月並みな言葉だが、晴斗は少し嬉しくなる。彼がこんな風に自分のことを考えてくれるとは思わなかった。
本来なら生きている自分の方が死者である彼の魂を救ってあげるべきなのに、自分が彼に慰められている。
(彼と僕は全然違うな。考え方も、環境も)
たぶん礼司は自分に素直になれて、他人ではなく自分の為に生きていたのだと思う。だからこそ、自分を蔑ろにする晴斗を理解できずにもどかしく感じているのだ。
「僕はもう、こういう生き方しかできないみたいだから」
「お前はそもそも人がよすぎる。もっと自分本位で考えばいいんだ」
「僕がお人よしじゃなかったら、今頃キミと一緒にいないかもね」
冗談めかして答えると、礼司はきょとんとした顔になる。
「ん? 確かにそれは困るか」
彼の反応に、晴斗はついおかしくて笑ってしまった。
すると、礼司が楽し気に目を細めてくる。
「やっぱり、お前は笑っている方がいいな」
彼の言葉に晴斗の胸が小さく鳴った。
礼司はあまり表情を変えないタイプで、これまで微笑を浮かべることすらなかった。だけど今、彼の瞳にはどこか慈愛のようなものが宿っている。見ているだけで心が温まるような、そんなものだった。
彼が笑っているところを見るのは、これが初めてだった。
「えっと、ありがとう。今日は、よく眠れそうな気がする」
晴斗は動揺を悟られまいとして咄嗟に答える。
「ならよかった」
礼司の表情はいつもの仏頂面に戻ろうとしていた。だが、その顔は微かに緩んでいるように見える。
晴斗は自分の鼓動が速くなるのを感じた。
(なんか、心地いいな)
胸の中に今まで味わったことのない感覚が広がっていく。
できることなら、このままずっと彼に見守られていたい。そんなことを考えてしまうほどに、この瞬間が晴斗にとって大切な時間になっていた。
(彼の未練が解消しなければいいのに)
そんな風に考えてしまい、晴斗は己の浅ましさに愕然とした。
彼が成仏できるように手伝うと約束したのに、それが叶わないことを一瞬でも願ってしまうなんてどうかしている。
晴斗は頭から布団にもぐりこんだ。
今、自分の中に渦巻いている感情が一体どんなものなのか、自分でもよくわからなかった。
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