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6 晴美
礼司と暮らすようになったおかげなのか、最近はあまり酒に頼らなくても眠れるようになった気がする。以前は夜になると不安になって、なかなか寝付けない日が続いていた。
けれど、今ではだいぶマシになったと思う。おかげで最近は朝までぐっすり眠って、日中は仕事に集中することができる。
「最近、元気そうだね」
バイト先のマスターからもそんな風に言ってもらえた。
「最近顔色もいいみたいだし、安心したよ。何かあったのかい?」
「いえ、特に何もありませんよ」
「そう? ならいいけどさ」
そんな風にやり取りをしていると、不意に店の扉が開く音が聞こえた。
反射的にそちらに目を向ける。入ってきたのは高校生くらいの女の子だ。艶やかな長い髪をしていて、とても綺麗な子だと思った。利発そうな面差しをしていて、どこか大人びた雰囲気だ。
「店長、お久しぶりです」
「おや、晴美ちゃんじゃないか。久しぶりだね」
少女の名前を聞いて晴斗はどきりとする。
三年前に亡くなった妹と同じ名前だったからだ。
晴美と呼ばれた少女はカウンター席に座ってコーヒーを注文する。
「しばらく来れなくてごめんなさい。最近、ちょっと忙しくて」
「別に謝ることじゃないさ。また会えて嬉しいよ」
「私もです」
そして晴美の視線がふと晴斗の方へ向けられた。
「あ、もしかして新しいバイトの方ですか? 初めまして」
「アルバイトの相沢です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願いしますね」
二人は朗らかに挨拶を交わした。
気のせいか、晴美はほんのりと頬を染めて晴斗を見つめている。
それから彼女は店内にいる間、ちらちらと晴斗の様子を眺めてきた。そして晴斗と目が合うと、彼女は少し恥ずかしそうに顔を伏せてしまうのである。
彼女の態度に晴斗は首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「いえ……なんでもありません。気が散ってしまいましたよね。ごめんなさい」
晴美は慌てたように首を振る。
「それじゃあ、これで失礼しますね。また来ます」
晴美は会計を済ませて去って行く。
マスターは少し楽しそうに微笑んでいた。
「可愛いだろう? 晴美ちゃん。知り合いの娘さんなんだけど、たまにうちの店に寄ってくれるんだ」
「そうなんですね」
確かに美人だとは思う。
特に笑った時の顔がとても魅力的で、つい引き込まれそうになるほどだ。性格もしっかりしていそうだし、学校では異性にモテていることだろう。
「相沢くん、彼女に気に入られたみたいだね」
「そうでしょうか?」
「ずっとキミのこと見ていたからね。一目惚れでもされたんじゃないのかな」
「まさか。そんなことあるはずないですよ」
苦笑しながらも、晴斗にはその言葉を否定するしかなかった。
「でもねぇ、相沢くんは背も高いし、顔立ちも可愛いって女性のお客さん達から受けがいいんだよ」
そうだったのかと晴斗は首を傾げた。
晴斗は自分の容姿に無頓着なので、あまりそういったことを気にしたことが無かった。
「まあ、ともかく彼女と仲良くしてあげてね」
「はい。わかりました」
そう答えつつも、晴美が自分に対して恋心を抱いているとは限らないのだから、あまり気にすることもないだろうと思った。
それに晴斗はもう、恋愛事に関して興味を持てなかったのだ。
(康太さんと別れてからは、そういうことに触れるのが怖くなった気がする)
マスターの言葉を聞きながら、晴斗はそんなことを考えていた。
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