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ビニール傘に落ちる雫の音を聞きながら、晴斗は暗い夜道を歩いていく。片手にはコンビニで買った酒の入った袋を持っており、足元では水が跳ねていた。
最近、酒を飲まないと眠れない。
寝ようとすると家族や元カレのことを思い出して気分が悪くなってしまう。特に今日のような雨の日は、あの事故の記憶が蘇ってしまうのだ。
いつものように酒を買って家に帰ろうとしていた晴斗は、ふと思い立って寄り道をしてみることにした。なんとなく、死に場所を探しているような感覚だと自嘲する。
ふらふらと歩いていると、ほどなくして小さな公園を見つけた。
妹が生きていた頃、よく一緒に遊んでいた場所だ。晴斗は引き寄せられるように中に足を踏み入れる。
そこは木々に囲まれた静かな場所で、遊具は古びているものの清掃が行き届いており綺麗に見えた。そして何よりひと気がないのがいい。
こんな場所に誰かが来るはずもないだろうと、彼は近くの東屋にあったベンチに腰を下ろした。ビニール袋から缶を一本取り出してプルタブを開ける。安っぽい味の酒を一口飲むと、それだけで頭がくらっとした。
「……あぁ」
思わず声が出てしまう。
二口目を飲むと今度は涙がこぼれた。頬を伝う雫を拭うこともせずに、晴斗は涙を流し続ける。
なぜあの時自分だけが生き残ったのだろう? 母や妹と一緒に死ねればよかったのに。これから先、生きる理由があるとは思えない。
そんなことを考えながらもぐいぐいと酒をあおっていく。
やがて空っぽになった缶をベンチ脇のゴミ箱に投げ捨てて、晴斗は大きく溜息を吐いた。なんだか虚しくて仕方がない。
「?」
晴斗は不意に、東屋に自分以外の人間がいることに気が付いた。
年齢は高校生くらいだろうか。黒っぽいシャツを着た切れ長の目の少年だ。彼は晴斗とは別のベンチに座っていて、ぼんやりとした眼差しで降りしきる雨を眺めている。
まさか人がいるとは思わなかった。晴斗は咄嗟に目元を擦って涙の跡を隠す。幸いなことに少年はこちらに気付いてはいないらしい。ホッとしつつも晴斗は首を傾げる。
こんな時間にどうして子供が一人で公園にいるのだろう。
「ねぇ、キミ」
彼は少し迷った末に声を掛けた。少年は驚いた様子でこちらを振り向き、怪訝そうな表情を浮かべた。
「俺に話しているのか?」
「まあ、キミ以外にいないし」
晴斗は苦笑いを浮かべる。
「こんな時間に何してるの? 帰らなくていいの?」
「帰れないんだ」
「帰れない? ああ、そうか。傘がないんだね」
未だ降り続いている雨を見て彼は勝手に納得する。きっとこの少年は傘もないのに雨に降られてしまい、仕方なくここで雨宿りをしているのだろう。
「これ、あげるから使いなよ」
晴斗は自分の持っていたビニール傘を差し出した。
「え?」
「僕にはもう必要ないから」
晴斗は少年の座っているベンチに傘を置くと、酔いのせいでふらつきながらも雨の中へ出て行った。
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