プロローグ1(明音)

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あの女は水川涼子と名乗った。 この家に、初めてやって来た日だった。 彼女の名前を聞いた時、何もかもが壊れてしまうような気がしたのを、覚えている。 あの女はまだ32歳と若かった。 だって、お父さんはもう48歳だし…。 あの女は高級ブティックを経営している。 前にお兄ちゃんが言っていた。 「昔にホステスやってて、客に買って貰った店なんだって」 お兄ちゃんは、リビングでテレビを見ている私に言って来る。 「…興味ないよ」 私がそう言うと、お兄ちゃんはそれ以上何も言わなかった。 あの女が何をしてようが、誰に店を買って貰おうが…。 そんな事に、興味ない。 私が知りたいのは、もっと別な事。 なんで? なんでお父さんなの? 私は何度も思った。 それにお父さんだって…。 お母さんの事を、本当に愛してたんじゃないの? お母さんがいなくなったからって、気持ちが変わっちゃうの? お母さんは今でもお父さんの事を愛してるよ。 だから、今きっとお母さんは泣いてる。 あの女がやって来て、三ヶ月が過ぎた。 あの女は、私達と同じ姓を名乗る事は無かった。 入籍はまだしない、とお父さんが言っていた。 そんな事どうでもいい。 あの女を、この家から追い出して欲しい。 私は何度もお父さんに言った。 だけど…。 お父さんは悲しい表情を浮かべて、いつも首を横に振った。 私はお父さんに訊きたかった。 “お母さんの事もう愛していないの?” 否定されても肯定されても、 私はどちらも信じられない…。 だから、訊けないんだ。
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