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154.高級チョコ
リディアは、例のハイヒールの箱を両手で胸に抱きしめながら歩いていた。
捻挫は、湿布と鎮痛剤で、なんとか痛みを堪えながら歩ける程度だ。ヒールのある靴を履くのは悪化させるだけだと思うが、今はこの靴をありがたく使うことにした。
(というか、凄く恥ずかしい)
足を引きずらないようにするものの、人にどんどん後ろから抜かれていく。しかも、抜く人はリディアにちらりと視線を向けていく。
流石と思ったのは、リディアの上司の教授と准教授。
会議に来たリディアの歩く様子を見ても、全然気づいた様子がなかった。
その素晴らしい鈍感力がありがたい。詮索されないことに胸を撫で下ろす。
それにしても――先ほどの会議での会話を思い出す。
差し入れについては、またもや話が蒸し返された。
(会議って、そういうことを話す場所?)
大事な生徒の教育方針ではなく、なんでこれが議題になるのだろう。
エルガー教授推しの高級瓶ジュースを、委員会に一人で持参するのは難しいとリディアが言ったら、ずっと謎の休暇中で初めて会議で顔を見せたネメチ准教授は「持参が大事ですわ。手渡ししてこその好印象でしょう。あなたエルガー教授に恥をかかせる気なの?」と言い出し、教授を持ち上げ始めた。
さらに差し入れの代金を建て替えているリディアに、「私が若いときは、自分の財布から差し入れ代を全額出しましたわあ」なんて言い出し、教授をご満悦にさせていた。
(下っ端に自腹を切らせるとか、驚愕すぎる……)
あまりの展開が、現実のものとは思えない。ここは異世界じゃないかと思った。
さらに准教授は「差し入れには、ゴデ○バのチョコレートが常識よ」とまで言いだす始末。
ゴデ○バは、一昔前に愛の告白イベントに使われた高級チョコレート。
一般認知度は高いとは言え、お値段は庶民的とは言えない。
だから会議でばらまくなんて、無理。五十人分なんておかしい。
茫然自失状態のリディアに上司達は「安物を差し上げてどうするの!? お里がしれるわね」とまで言いのけた。
(パワハラ? パワハラだよね)
リディアが予算のことで逆らってから、エルガー教授からリディアへの当たりは厳しくなるばかり。
こういうことがあるから、みんな逆らわないでイエスマンになるのねー、と理解したけれど、無駄な経験だ。
「ゴデ○バ信者って年齢がバレますね」とリディアが言ったら、准教授は目を剥いて、呪いをかけそうな目で睨んできた。
ゴデ○バは好きだけど、会議でばら撒くものではない。「おいしいから食べて」、ではなく、「こんなものを差し入れる私、素敵でしょ」だ。
この瞬間、准教授も敵に回してしまったのをリディアは悟った。
まあ最初から味方ではなかったから、もういいや。
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