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159.痛い言葉
「なあ。お前! ちょっと待て」
「ハーイェク、あなたはついてこなくていいから」
走れないリディアには、当然マーレンが横に並んで話しかけてくる。むしろマーレンのほうが追い抜かしそうだけど。
「そうじゃない! 待てと――」
マーレンと言い合いをしながら階段を上がったところで、聞こえてきたのは女の子のヒステリックな張り上げる声。
「そんなんだから! ――だからウィルは、魔法が使えないんだよ!」
廊下に腰を落とし床に転がる男子と付き添うように膝をつく女子。
目の前で拳を握りしめて、立ちふさがっていたのはウィルだ。
「あいつ、何やってんだ」
マーレンが呟く。
「どうしたの?」
リディアが教員としての顔を貼り付けて場に参入すると、ウィルはこれまでにないくらい悔しそうな険しい顔で、顔を背けた。
「ウィルが、ケヴィンを殴ったんです」
「そう」
(修羅場――? それにしても、最悪な状況)
ミユのウィルを全面的に責める気配に、リディアは騒ぎを大きくさせないように一層淡々とした口調で返答する。そして、まずケヴィンの顔に触れた。
「いてて、いてえよ」
顔をしかめて痛みを訴えるケヴィン。唇の端は切れて血が滲んでいる、頬骨の下も痣になるかもしれないが、それほどひどい怪我ではない。
「頭は打った? 目は?」
「わかんねえ。頭、少し痛いかも」
頭を触診するが、どこかを打ったような形跡はない。頬を一発だ、ただ目に当たっていたら問題だ。
「これが見える? 何本?」
指を立てて、近づけ、遠ざける、左右に指を動かす。目の焦点は合っているし、追視もできる。
「口を開けて」
歯は折れていない。
「いってえよ、せんせ、あーいてえ」
「冷やして、痛み止め飲めば大丈夫よ」
ケヴィンの口調は、リディアに妙に甘えて密着してくる。声も大きく張り上げているし、注目を集めようとしているみたい。
けれど、喧嘩の怪我を見慣れているリディアには、お芝居は通じない。
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