164.そういうこと

1/1
前へ
/367ページ
次へ

164.そういうこと

 静まり返る教室に一人の空間、廊下で聞こえてくるのはリディアと、マーレンの声?  内容は聞こえてこないが、何か言い争っている?  ウィルは気になり、立ち上がる。足をそちらに向けて踏み出そうとして、ちょうど入ってきたリディアとぶつかりそうになる 「……あ」 「遅くなってごめんなさい、座って」 「――今の、マーレン?」 「そう。あなたを心配して」 「違うね。ヤツは俺とアンタが二人きりになるのを嫌がった。違う?」  リディアは、「違います」と断言して、ウィルを先に行くように急かして、そのあとをゆっくりと歩んでくる。    その慎重さに違和感を覚えたウィルは首を傾げながら、椅子に再度腰を下ろした。  目の前に立つリディアが「手を出して」と言う、ウィルがためらっていると、勝手にリディアは屈んで、ウィルの右手を掴んで、前に出させる。 「あのな!」 「――そのままでいて」  リディアが鋭くウィルに命じるから、ウィルは右手を掲げたままムスっと口を引き結ぶ。  それに構わず、リディアはタオルで巻いたアイスノンを手の甲――四指の中手骨を冷やすようにあてて、タオルの両端を手のひら側で結ぼうとする。 「いて」 「あ、ごめん」  「もう少し緩めるね」とリディアはウィルよりもしゃがんで低い位置に腰を下ろして、手をギュッと握ってくる。  俯くリディアの頭頂部が揺れる、つむじが見えて、なんだかそこを押したくなる。 「そういうこと……」 「え?」 「そういうこと、するから」 (だからケヴィンに、付け込まれるんだよ……)  リディアは「そういうこと?」と聞いた後、アイスノンを押さえながらウィルの顔を見上げてくる。緑柱石の瞳が真っすぐに飛び込んできて、ウィルは苛ついて怒っていたのに、胸が勝手に弾んで、顔を顰めた。 (俺もサイテー。なんで、こうやって――)  意識とは関係なく、鼓動が早くなる。リディアの顔を見たら、それだけで顔が赤らんで緩みそうになる。 「“そういうこと”をあなたが望んでいなくても、私はすべきことをするの」  リディアは、少し硬い声で早口で告げる。 「人を殴り慣れていないでしょ? 冷やしておかないと明日痛むよ」 「なんでケヴィンのほう、いかねーの」  普通はそっちに付きそうだろ?   ホントは行かせたくない、なのに思わず口にしてしまった。  わざとだ、自分についている理由をリディアに言わせたかったんだ。 「言ったでしょ。――私は必要だと思ったことをするの」
/367ページ

最初のコメントを投稿しよう!

132人が本棚に入れています
本棚に追加