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172.懇願
「仕方ねぇな」
そう言ってマーレンがリディアを抱きかかえようと、手を伸ばしかける。ウィルは思わず「やめろ」と牽制しようとしたが、それ以上にリディアの「触らないで」という冷たい声で、マーレンの動きが見事に固まる。
中途半端にかがんだままの姿勢で、一瞬見せたのは途方にくれた顔。
「自分で立てるから」
「いや、立てねーだろ」
さっきから成功していないし。
次にウィルが手を伸ばしかけると、リディアはまたもや「このままにして」と言い出す。
「なんで!」
リディアは黙ってそのまま這いずって机に掴まり、はじめて子どもがつかまり立ちするようにゆっくりと上半身を伸ばして左足をだらりと垂らしたまま、右足だけで立ち上がろうとしている。
そのムキになっている理由がわからない。
ウィルはハラハラして思わず手を出しかけるが、拒絶の視線に次第に苛立ちが募りだす。
「リディア!」
「心配してくれて、ありがとう。ふたりとも」
そして立ち上がったリディアは、二人を見据えて言う。
今度は怒っていない、嘆息して疲れたような顔だ。けれど額に汗が滲んでいるし、机に手をついて左足を浮かせたままで不自然な様子にウィルは座れよと言いたくなる。
「俺に腹を立てているのか?」
マーレンがまた馬鹿なことを聞く。怒っている女に「怒ってんの?」と聞いてどうすんだよ。余計に怒鳴られるだけなのに。
けれどリディアは怒鳴りもせず、首を振っただけ。
「いいえ。腹がたっているのは自分によ。二人が喧嘩をしたのは、私のせいだから」
「じゃあ、俺を無視するな。――会話を、閉ざすな。口を利いてくれ」
マーレンが偉そうだけど、随分と気落ちした様子で殊勝に言い出すから、ウィルは内心驚く。
誰だ、こいつ。
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