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176.だから
それを見てウィルはリディアの前に立つ。
手を伸ばし、その頭に触れる。ようやく柔らかな髪に触れる。
それは想像していたのとは全然違っていた。柔らかくて、滑らかで、手が沈み込む。気持ちいい、ずっと触っていたい。
「てめえ、何をする!」
「ダーリング?」
リディアがすぐに頭をふって拒否するから、触れられたのは一瞬だけだった。
「一人で行ってくる。流石に付き添いは勘弁してよ。けど、ありがとな」
全然カッコよくないけどさ、少しは格好つけたいだろ。
「でも、私もそこにいたのよ、説明するわ」
「学科長は俺しか呼んでないし。そこに入っていく必要はないだろ」
「確かに、呼ばれていないのに行くわけにはいかないわね」とリディアは黙り、けれどまだ逡巡している顔だった。
「それより、リディア。どうやって帰るんだよ、その足で」
ウィルはそれをはっきり聞くまでは、出ていかないと告げる。マーレンが目を細める。
「てめえに関係ねえ。早く去れ」
「マーレンに任せるぐらいなら、行かねー」
リディアはまた始まった、と顔に諦めを宿して、それから二人に交互に視線を向ける。
「タクシーで帰る、だから気にしないで」
「俺が送っていく」
「なら俺も」
マーレンにつられてウィルも声を放つと、リディアが釘を刺す。
「私はタクシーで帰る。さ、ダーリングは行きなさい、あ、手に湿布しなきゃ」
「いいよ。手当サンキュ」
ウィルは、手を振ってリディアに背を向けた。
リディアの動かそうとしない足が心配だけど、当の本人がその怪我をおしてウィルに付きそいをしようとしたのだ。ぐだぐだマーレンに嫉妬しているのが情けなかった。
それ以上に、こんなときに呼び出しされて、リディアに付き添えないことも情けなさに拍車をかける。
リディアが動かないまま、ウィルの背中に声を掛ける。
「何かあったら、端末にメッセージ送ってね。すぐに行くから」
ウィルは、手だけ振った。けれど、胸に何か熱いものがこみ上げてきた。
(そういう事、言うから……)
だから、煽られるんだよ。
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