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183.疑似
――全然違った。彼の目の奥の瞳には光がない。その視線の先は掴みどころがない。
「自分がと、店に買いに走ったんです」
「走った?」
「もちろん、車を走らせました」
一瞬走るマーレンを思い浮かべたが、そうではなかったらしい。そして、やっぱり送迎車があるのかと驚いた。
「もらって頂けたらと思います」
「代金を支払うことはできますか?」
「六万エンですよ」
リディアは肩を跳ね上げて、固まった。ウン十万エンもする靴もあるけど、これもリディアにしたら十分に高い。
「ええと、今は払えないけど明日――だって、あなた達の国民の税金でしょう?」
「いいえ」
彼はリディアが理解していないと思ったのか、付け加える。
「わが国では、王族も収入を得ています。殿下は、所領地があるので、そこからの収入です」
「つまり税金」
「それでも収入です。王族であっても株もやっていますし、王室グッズの販売、王宮イベントの招待チケット販売など、その他の所得もあるのですよ」
リディアが黙ると、ヤンは、話を元に戻しましょう、と続けた。
「――殿下には、国に婚約者がいます」
「え……」
リディアは声に出したことを恥じるように、口を押さえてすみませんと、呟いた。
何を驚いたのか。一国の王子だ、それも当然だろう。あまりにも自由奔放すぎて、そういう王族らしい面が全然見えなかったせいだろうか。
「ですからお気になさらず。殿下も本気ではありません、それを理解しての行動です。殿下も一時の疑似恋愛を楽しんでいるだけですので」
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