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「はっ?なにバカなこと言ってんの?
MRが医者と不倫なんて、この会社のコンプラ、一体どうなってんのって言ってんの。
ちょっと誰か、このバカ女の上司呼んできなさいよ、この女、早くクビにしてよっ!」
「本当に、本当にごめんなさいっ、あっ」
ガシャーンッ!!
わたしは、嫁の足に縋るフリをして、懐に忍ばせていたスマホを床にぶちまける。
と同時に、大音量で、幾日かの夜の会話が流れ出す。
『...ろくに夕飯も作らないくせに、権利ばっか主張しやがって...
疲れて家に帰ったって、ブウブウブウブウ、文句ばっか言って、何喋ってるか分からねえ。
たまには人語を喋れっつーの!…
...あいつ、俺の家族にも嫌われてて...
であんな酷い女より...
俺だってはやく離婚したい...』
「ああっ、すみません、すみません!」
汚辱にまみれ、ブルブルと震えている嫁の横を這うようにして、私は急いでスマホを拾い上げた。
フフ、どうよ、あーちゃん編集、『しーくんの、アンタへの罵詈雑言セレクション』は。
こんなのを公衆の面前で晒されて、果たして、まだ戦えるかしら?
「本当にすみませんっ、あの、こんなのはきっと、紫倉先生も、こんなのは本心ではないとおもうんです!
いつも私に、『 妻には申し訳ないと思っている』って..」
心の中で舌を出しつつ、必死になって謝る愛人を演じる私。
対する嫁は、その、確かに夫と分かる声に、案の定、顔を真っ赤にして、立っているのがやっとの様子。
何故こんな録音があるのか、なんて考えることもできていない。
「くっ...こんなの、......酷いっ」
やがて彼女は、その場から逃げるようにして、オフィスの自動ドアから走り去っていった。
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