憩い、そして症候群

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 放課後は至って静かだった。  いや、実際にはホームルームから解放された生徒たちの騒々しい声が聞こえてくるのだが。  挨拶が終わってすぐ、銀が教室を出て行ったのだ。僕を呼び止めることもなく。  学校帰りにアイツは僕を捕まえに来るに違いない。そして、もしそのままクラブまで連行されたらどうしよう。ホームルーム中、僕はずっとそんなことを考えては、アイツから逃げ切る秘策を練っていた。だが、それも杞憂(きゆう)だったようで、安堵した一方、予想外のことに拍子抜けしてしまった。  何はともあれ、僕も「パンダ症候群」から解放されて助かった。  一日中蓄積されてきたストレスが放出されているのだろうか、今日は少しだけ上を向いて、桜の木々を楽しむ余裕がある。  風は以前冷たいままだが、春の陽気は着実に歩みを進めており、桜の花びらも、それに合わせ次第に紅潮していく。  景色を楽しんでいると、坂道もあっという間に下り終わる。目的の時間より少し早めにバス停に着いた僕は、スマホを取り出し、久々に音楽でも聴こうかとイヤホンを鞄から探る。  すると、隣に二人の女子生徒が並んだ。どうやら彼女らは新一年生のようで、初めての高校授業の感想や、クラスメイトの話に花を咲かせている。 「なんかウチのクラス、格好いい男子少なくない? 西嶺高校て、イケメンが多いて聞いてたからさー、話と違ってショックなんだけど」  やはり女子が好きな話題は恋愛なのか。それより、西嶺高校にはそんな噂があったとは初耳だ。恐らく、彼女らにとって、僕もその噂に該当する男子ではないんだろうな。  ご期待に添えない奴が隣ですみません、と心の中で謝っておく。それより、イヤホンはどこだ。  僕が鞄をガサゴソしている間、一年女子のガールズトークは盛り上がり、バスケ部のキャプテンの話や爽やか新人教師の話、E組の斉藤くんの話と、次々に彼女らが判断するイケメン達の名が挙げられていった。全く、入学してまだ三日目だというのに、女子の情報収集力は馬鹿にできない。  既にバスの到着時刻にはなっているはずなのに、まだバスが来ている様子はない。どうやら遅れているようだ。 「そういや、二年にもイケメンの先輩いるよね」 「ああ、桃瀬(ももせ)先輩のこと? まだ見たことないけど、なんかめちゃくちゃモテてるらしいね」 「違う違う、桃瀬先輩ていう人じゃなくて。銀先輩て人!」  女子Aが声を上げる。  まさかここでアイツの名前を聞くことになるとは。  まあ、一般的に見れば銀がイケメン枠に入るのは妥当だろう。それにしても、新入生達の話題に挙がるほどとは。  女子の中でアイツはどんな評価なんだろう。つい鞄の中を漁るのを止め、彼女らの話に耳を傾けてしまう。  すると、「あー……」と女子Bが少し顔をしかめた。 「銀先輩はね、やめといた方がいいと思う」  てっきり女子Aに賛同すると思っていたため、少し意外だった。女子Aも同じことを思っていたのだろう。彼女の反応に不満げな顔を見せる。 「なんでよ。あ、もしかして京香ちゃん、クリーミー系男子は苦手みたいな?」  なんだよ、「クリーミー系男子」て。草食系男子、肉食系男子ならギリギリ知っていたが、まさかこれらの言葉から派生した言葉なのだろうか。まったく、誰かの話をするうえで、一々「○○系男子」「○○系女子」と区別する意味が分からない。  女子Bが、「そういう訳じゃなくて」と反論する(因みに女子Bの名前は先ほど「京香ちゃん」と判明したわけだが、彼女とは今後一切縁がないと思っているので、「女子B」のままにしておく)。 「私、実は銀先輩と同じ中学だったんだけど、なんかやばい噂広まってたんだよね」 「え、なにそれ!」女子Aが身を乗り出す。
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