症候群、そして窮地

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症候群、そして窮地

 やっぱり戻らなければ良かった。  しかし、そう後悔しても時すでに遅し。    無事、机からイヤホンを見つけた僕は、急ぎ足で帰ろうとしていた──のだが。  校庭を横切る途中、運動部部員の掛け声に混じって、かすかに誰かの怒声が聞こえてきた。そのまま通り過ぎれば良かったものを、迂闊(うかつ)にも、僕はその声のする方向へ足を運んでしまったのだ。  そして、僕は校舎裏にてある現場を目撃することになる。  まず目に入ったのは、パンダの着ぐるみだった。とは言っても、それは脱ぎ捨てられ、丁寧に畳まれ、地面に置かれていた。  これから察すると思うが、当然、少し離れた場所には銀がいた。しかし、そこには銀の他に、体格の良い二人の男子校生も立っていた。  反射的に、建物の裏に隠れ、三人の様子を窺う。  一人は金髪、もう一人はよく分からない角刈り。二人とも、いくつ穴を開ければ気が済むんだというぐらいピアスを開けており、いかにも不良という印象。  銀は僕に背を向けていたため、表情は見て取れないが、明らかに三人が仲良く駄弁(だべ)っている雰囲気でないことだけは確かだ。  女子Bの言ってたことは本当だったんだな、と本来なら彼らを無視して通り過ぎたいところだが、そういう訳にもいかない。  なぜなら、彼らは西嶺高校の生徒ではないからだ。紺色のブレザーに「東」と大きく刺繍された特徴的な校章。見覚えがある。東守(ひがしもり)高校──去年まで、僕が通っていた高校と同じ制服なのだ。  しかし、なぜそいつらが西嶺に?疑問に感じていると、金髪野郎が声を荒げた。 「だからどこに居るかって聞いてんだよ! 俺ら、そいつ見つけたらすぐ帰るっつってんだろ!?」  どうやら人探しをしているようだ。しかし、不良生徒の多い東守高校と違い、西嶺高校は市内では有名な名門校である。よりにもよってこんな輩と接点のある生徒などいるのだろうか? ──ん? 接点?  銀がだるそうに頭を掻く。かなり執拗に問いただされていたらしい。かなり苛立っている様子が、背中越しに伝わってくる。 「だーかーらー、知らないっつってんでしょ。『シラトリ』なんて生徒。わざわざ遠くから来てもらって悪いけどさ、多分そんな奴見つかんないんで、いい加減帰ってもらえます?」  「シラトリ」──うん、間違いない。あの不良共が探している生徒とは、僕のことだ。  一気に全身から嫌な汗が流れる。最悪の展開だ。よりによって、なんでこの場にいる生徒が銀なんだ。  コイツにだけは、絶対にバレる訳にはいかない。 「テメェ、しらばっくれるのも大概にしとけよ! アイツがこの学校に転校してきてんのは知ってんだ。  せっかく白鳥の野郎ぶっ潰すために東高に入ったってのによー、こんなお坊っちゃん高校なんかに逃げやがって、アイツ」  角刈り野郎がさらに声を荒げる。コイツら一年生だったのかよ。 「お前ら一年だったのかよ」  銀が呆れた声を出す。初めてコイツと意見が合ったぞ。 「にしても、白鳥君て人は、よっぽど前の学校で人気者だったんだな。そんな人なら、ぜひ一度お目に掛かりたいもんだよ」  転校初日にして、もう嫌というほどお目に掛かってるんだよ。  ていうか、もしかするとコイツにはもう何となく気付かれてるんじゃないか。  いくら眼鏡掛けてて地味だからと言っても、似たような名前の転校生がすぐ近くにいるのだ。よほど察しの悪い人間じゃない限り、薄々心当たりとして僕の顔が浮かんでくるだろう。  しかし、コイツがものすごく馬鹿だという可能性も無くはない。だとすれば、今あの不良二人に「白鳥」の名前を大声で叫ばれて、騒ぎになることの方がもっとまずい。
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