出会い、そしてパンダ

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出会い、そしてパンダ

「そこの眼鏡君。キミ、トンボ倶楽部に入ってみない?」  「眼鏡君」て僕のことか? 一見、僕以外に眼鏡を掛けた生徒は見当たらない。しかし僕は声の主を無視して歩いた。  なぜなら僕の目の前に立っているのは、パンダの着ぐるみだからだ。そいつの手には「トンボ倶楽部」とペンででかでかと書かれたプラカードと、赤い風船が握られていた。  側から見れば、まるでデパートにいる客寄せマスコットだ。とりあえず関わってはいけない雰囲気であることは、誰が見ても明白だろう。  しかもパンダのインパクトのせいで、思わず触れるのを忘れそうになるが、何だ、「トンボ倶楽部」って。16年の人生で一度も聞いたことがない言葉だ。  全くもって意味不明なクラブ名について考えていると、さらに頭の中が混乱してくる。  そもそも、クラブ名に「トンボ」が付いているくせに、勧誘用コスチュームがなんでよりによって「パンダ」なんだ。僕が知らないだけで、実はパンダとトンボには何かしら結びつきでもあるのだろうか。いや、今は考えるのはよそう。余計に混乱する。  とにかくこの場から早く離れなければ。自然と歩くスピードも早くなっていく。しかし時既に遅し。 「ねえ、なんで無視してんの? 眼鏡君」  異常なまでの速さで僕の隣を並走してくるパンダ。     こちらも競歩レベルには足を早めているつもりだが、相手は息切れする様子もない。それと、無機質な笑顔で僕の顔を覗き込んでくるのが単純に怖い。  このままでは(らち)があかない。とりあえず、この異様な人物から逃げるのは諦めよう。 「眼鏡君って、僕のことですか」 「うん。キミ以外に眼鏡掛けてる子、周りにいないじゃん」  それはそうなんだけども、何だか言い方が腹立つ。 「あの、勘違いしてるみたいですけど、僕は二年です」  すると、パンダはわざとらしく首を傾げた。頭部が重いのか、プラカードで頭部を支えている。  背後で、女子生徒達がひそひそ話しているのが聞こえる。「何あのパンダ。コスプレか何か? 怖くない?」「一緒にいるの友達かな。近づくのやめとこうよ」最悪だ。この変態のせいで、僕まで風評被害食らってるじゃないか。 「知ってるよ。でも、クラブの勧誘に学年て関係なくない?」  それもそうなんだけども、何なんだこいつ。見た目も相まってか、妙にこちらの神経を逆撫でされる。  僕もわざとらしく溜息を吐く。同級生だか先輩だか知らないが、根暗そうな見た目の人間に、このような失礼な態度を取られたら、さすがに嫌悪感を抱くだろう。 「あの、僕は部活とか一切興味ないんで。勧誘なら他所でどうぞ」そう吐き捨て、背を向ける。 「分かった。じゃあまた次誘うよ」  話聞いてた? というか次もあるのかよ。  もう一度断ろうとするも、予鈴のチャイムに遮られた。チャイムに反応し、校門周辺の生徒が急いで校舎に向かい出す。 「やべ、チャイム鳴っちゃった。悪いけど、俺もう着替えなきゃいけないから、じゃ」  あたかも僕が引き留めていたかのように、パンダは「ごめんね」と手を顔まで上げながら、去って行った。  まあともかく、向こうから立ち退いてくれて良かった。「次」とは言っていたが、パンダ野郎もわざわざ、僕のような地味で愛想もない奴に、二度も絡みに行くことはないだろう。  僕もこんなところで突っ立っている暇はない。早く職員室に向かわなければ。僕は昇降口へと足を運ぶ。そういえば、職員室ってどこだっけ。  ──とそこへ。 「忘れてた、眼鏡君」  背後からの声に、思わず反応してしまった。振り返ると、やはりそこには先程と同じパンダがいた。 「……まだ何か用ですか」 「いや、自己紹介するの忘れてたと思ってさ。俺は(しろがね)。よろしく」  関わらないよう言ったはずだったが、やはり話を聞いてなかったようだ。そもそも自己紹介するつもりなら、せめてその頭を取れ。    すると、「シロガネ」と名乗った人物は、こちらに手を差し伸べたかと思うと、僕の手を握り締めた。いや、正確には、持っていた風船を僕の手に握らせた。  そして、今度こそ奴は僕の元から走り去って行った。昇降口とは真逆の方向に。  よく見ると、風船にはプラカードの字体と同じ「トンボ倶楽部」と書かれていた。  いや待て、何故挨拶代わりに風船を渡す。もしかして、ビラのつもりか?  と言うより、今更ながら「トンボ倶楽部」って何だ。パンダの存在感が強すぎて、つい聞くのを忘れていた。  様々な疑問が頭の中でぶつかり合い、喧嘩しているようだ。いやしかし、そんなことより、今はもっと大事なことがある。  ──職員室の場所、アイツに訊いておけば良かった。
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