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「だってキミ、眼鏡掛けてるじゃん。だから入部にうってつけなんだよね」
──は? 今何て?
一瞬、頭の中がフリーズした。待て待て待て、理解が追いつかん。恐らく、この時の僕の表情は、奴の目には何とも間抜けに映ったに違いない。
「いや、ちょっと待って、意味が分からないんだけど」
思わず疑問をそのまま口にしてしまう。僕があからさまに困惑しているのとは対照に、銀は相変わらず涼しい顔をしている。
「もしかして、僕を勧誘している理由って、それだけ? 眼鏡を掛けてるから?」
「そうだけど」あっけらかんとした言い方に、拍子抜けしそうになる。
転校して早々、あれだけ思い出に残った(トラウマとして刻まれた)勧誘を受けたのに、あまりにしょうもなかった勧誘理由のせいで、僕はぶつけどころのない怒りが沸々と湧いていた。
しかし、まだ僕はこいつに「トンボ倶楽部」というのが何なのかを訊けていない。恐らく、そのクラブの活動内容に、眼鏡を掛けることが必要とされる理由があるはずだ。そうだ、先にこちらについて質問すべきだったのかもしれない。
僕はゆっくり息を吐き出し、今にも溢れ出しそうな怒りを静かに抑える。
「聞くの忘れてたんだけど、そもそも、『トンボ倶楽部』って何? 普段どんなことしてんの」
「倶楽部に入る気になった!?」前のめりになり、ぱっと目を輝かせる銀。新しい玩具を買ってもらった小学生みたいな反応だ。
というか、この流れでどうしてそういう反応になるんだ。
今の僕の表情が、少なくともクラブ入部に興味を示してそうな顔でないことだけは、自分でも分かる。
「違う。いいから答えて」
僕が冷たくあしらうと、銀は少し残念そうに背もたれの上に突っ伏した。そして、少し考える。
ややあって、奴は突っ伏していた顔を上げると、再び僕の目を見据えた。
「色々考えてみたけど、活動内容は特に決めてないかな。いつも部員それぞれやりたい事やったり、退屈凌ぎに生徒からの相談事に乗ったり」
「帰る」
言い終わるのが早いか否か、僕は席から立ち上がり、机の側に下げていた鞄を乱暴に取る。
やはり聞くだけ無駄だった。入部条件も、活動内容も、全部適当。どうせ暇人が、暇人のために、暇を持て余したクラブを作ったんだろう。
こんな存在意義ゼロのクラブに、僕の理想とする平凡な高校生活を捧げてたまるものか。
教室を出ようとする僕に、流石に銀も慌てた様子。
「あ、待って黒鳥くん。そうだ。キミを勧誘したのには他にも理由があって──」
「今朝も言ったと思うけど」
今度は、銀の言葉を完全に遮る。抑えられなくなった怒りを、自分が発する言葉一つ一つに込める。つい口調も荒くなる。
「僕、部活に入る気は一切ないから。分かったら、今後僕に関わらないで」
銀が座っている方を一切振り返ることなく、僕は、彼一人が取り残された教室を後にした。
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