ある夫婦の話

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ある夫婦の話

「ご主人を呼んで!」  陣痛室に助産師の声が響く。   陣痛が始まってすでに14時間……ようやく本格的な痛みがやって来た。 「いっ、痛ーーーーーーい!!」  陣痛が3分間隔になり、背中や腰の痛みが強くなる。    私はその痛みに必死に耐えるが、もう会話もままならない状態だ。 「朋ちゃん! 大丈夫!?」 「ま、誠……。大丈夫じゃなーーーーーいっ! 痛ーーーーーい!!」  助産師たちが慌ただしく動き回る中、不安げな表情をした夫の誠が陣痛室に入ってきた。 「ご主人! お母さんの腰を擦ってあげて! 少しは痛みが和らぐから」 「は、はひっ……!」  助産師の指示を受け、夫は一生懸命に私の腰を擦ってくれる。しかし、擦り方がどこか違っていて、その度に私は『そこじゃない!』と怒る。そんな痛みで苦しむ妻を和ませようと思ったのか、夫は見事に地雷を踏んだ。 「ねぇ、陣痛と俺の便秘どっちが痛いと思う?」 「はぁ!? 知るかそんなの!」  あまりにもお気楽な質問に思わず私は暴言を吐いた。  ふと、出産時に夫や義母たちに暴言を吐いた先輩ママたちのエピソードが書かれていた記事を、まるで他人事のように読んでいた自分が思い出された。 「ご主人、擦るの代りますね」  手の空いた助産師が夫に代わり私の腰を擦る。同じ位置を擦っているはずなのに、助産師に代った途端痛みが和らいでいく。 (はぁ~そこそこ……)  陣痛が1分間隔になってきた。いよいよ分娩室に移動だ。  助産師に支えられ、隣の部屋にある分娩台まで歩いて移動する。しかし、その間にも痛みがやって来てなかなかたどり着けない。たった数メートルが途方もない距離にあるように思えた。    やっとのことで分娩台に座りいよいよ出産も大詰めという頃合になって、腰を擦り続けてくれていた助産師が、赤ちゃんを受け取る準備をするためにその場を離れることになってしまった。 (えっ……! ヤダ……、行かないで)  助産師がすぐ傍にいないと思っただけで不安でいっぱいになる。私は必死に彼女の腕を掴んだが、その願いは叶わなかった。そして、その助産師の代わりを任命されたのは……やはり夫であった。私の傍に立った夫は、なぜかすでに私以上に精魂尽き果てた顔をしていた。    赤ちゃんの頭が出るまであと少し。私は最後の力を振り絞って息んだ。 「おぎゃーーーーー!!」 「おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」  大きな産声とともに分娩室は歓声に包まれた。 「朋ちゃん! 頑張って産んでくれてありがとう!!」  私以上に涙で顔をぐちゃぐちゃにした夫が、感謝の言葉を述べながら私の手を握る。その手の力は、先ほどまで無力だと感じていた夫からは想像できない程力強く、これまでの結婚生活の中で最も頼もしく感じられるものだった。                     完
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