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確かに、今までも社長が一人で所属俳優やモデルの仕事をとってくることはあった。
蒼士は俳優やモデルのサポートでは評価は高いものの、営業面では押しが弱く、社長に頼っている面もあった。
だが、こんな急に決定事項のように仕事を入れてしまうなんて。
「社長、暖には今写真集のオファーも来てます。稽古期間と重なりますよ」
「両方やりゃあいいじゃねえか。なあ?」
細面の繊細そうな顔でそんな大雑把なことを言って、社長は阿仁を見上げる。
阿仁は困ったように首を傾げただけだ。
作家を好きすぎてなのか、まだ台本を開けず表紙を見つめたままの暖が口を開いた。
「断って下さい。舞台に集中したい」
「それはっ、少し、待って下さい」
慌てて口を挟むと、暖の瞳に一瞬悲しげな色が浮かぶ。
とりなすように社長が暖の肩を叩いた。
「主役じゃあないし、稽古休みだってある。
うまくスケジュール組めそうならすぐ断る必要も無いだろ」
「社長」
咎めるような声を出した蒼士に、社長はやはり涼しい顔を返す。
「中藤、お前今日車で出社してたな?
暖のこと送ってやれ。その後は直帰でいい」
今日はこれ以上話さない、という社長の意思表示に蒼士は眉根を寄せた。
帰宅したら即座にメールで抗議するつもりだった。
「……社長、ありがとうございます!」
暖は、がばっと頭を下げた。
社長はうんうんと笑顔で頷き、阿仁も表情を緩める。
「よかったな、暖」
「はい、あの……阿仁さん、もしスケジュール空いてたら」
暖が最後まで言う前に、阿仁は頷いた。
「見に行くよ」
暖が嬉しそうに阿仁と話している傍らで、蒼士は社長に背中を叩かれた。
「今日は何も言うな。話はあとでちゃんと聞いてやる」
蒼士は「はい」と言ったが、納得していなかった。
何故暖に言うより先に話をこちらに通してくれなかったのか。
暖に言えば受けるに決まっている。
正直に言って、蒼士に裁量が任されていたらこの仕事は断った。
阿仁と話し込む暖を横目に、蒼士は準備を済ませると自分の車を出すためにビルを出た。
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