最後の一日

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 コモンの曲が終わらないうちに、残っていたリーマンの一人がミユに声を掛けた。甘い曲も多かったしフロアがそんな風になるのは仕方なかったが、不良共が声を掛けてないってのはどういう意味かちょっと考えたらわかりそうなもんだけどな。  俺は次の曲を繋いで、ビートに合わせじっくりとラップした。内容は、俺は詩人の女を天国に連れて行くが、意味や理由をたくさん持つ女をお前は満足させられるのか、といった内容で、要はミユを口説いているリーマンを揶揄する内容だった。  即興でラップを続けていると、ラップの意味に気づいた常連の不良たちが盛り上がりだした。 「スーツのおっさん! お前のことだよ!!」  不良の一人がそう声を掛けると皆で笑い出した。恥をかかされて真っ赤になって怒ったリーマンは、ミユどころではなくなり、店を飛び出していった。  ミユも身体を曲げて笑っている。そのまま俺も笑いながら皆で飛び跳ねることができる曲を掛けた。  リーマンと入れ違いにチカがバタバタと入ってくる。 「ごっめーん、遅くなっちゃった! めっちゃ盛り上がってるじゃん!」 「チカ、マジでおせーよ! ミユあっちにいるからよろしく」  チカが手招きするから耳を近づける。普通に話しても音楽が流れているからミユに聞こえるわけはないけど、念のためなのか小声で言われる。 「ミユが家出たって聞いたけど、マジでタカトシ君のとこにいくの?」 「ああ、明日な」 「明日あ⁈」 「多分すぐにまた招集が掛かるだろうから、そん時はよろしく」 「はあ……ほんとにやるんだねあんた達。わかった。りょーかい」  チカはお待たせ―!! とミユに抱きついて、閉店までいてくれた。  三人で明かりもまばらになってきた繁華街の駐車場まで行く道すがら、 「は~。4時間説得したけどダメだった。無力感をこれほど感じたことは無いわ」  チカが俺とミユの前で独りごちた。 「もうこいつが行くって決めてるから無理だろ」  ミユの方を親指で指した。 「学生時代ならまだしもさ……この先、タカトシ君が結婚しようって言ったら、ミユは詩の為に結婚するわけ⁈」 「……それは、その時、考える……」  ミユはうつむいて返事をした。 「ほら、そうやって歯切れ悪くなるわけじゃん?」  チカは、信じられないよ、ほんとに、と溜息とともに言葉を吐き出した。 「だけど、ミユもユウジも友達だから。協力はするね」 「ありがとう、チカ」  チカを車で送り届けた後、俺の部屋に帰った。鍵をこうやって開けて、二人でこの部屋に入る。次があるとしたら奇跡だな。 「ユウジ、助けてくれてありがとうね」 「んあ?」 「声掛けられた時」 「ああ……」 「私、ユウジの言葉をまとめて聞くの初めてだったかもしれない」 「音楽の解説以外に?」 「うん」 「まああれだ、タカトシの、言葉が磨かれたラップに比べたら大したことはねぇよ。いつかお前もあいつのラップを聴いてみるといい」  ミユは俺の顔を見て、何も言わずに抱きついてくると、胸に顔を埋めた。    寝支度をしていると、ミユがわがままを言った。歯ブラシもパジャマも、置きっぱなしで行くという。 「持って行けよ、もう泊まんねえだろ」 「やだ。いつ何があって逃げてくるかわかんないもん」 「タカトシがそんなことするわけないだろ」 「とにかく! 置いといて」 「ひでえ女だな、全く」  自分のものがあったら他の女連れ込めねぇし、迷惑だと思わねえのかな、と思ってもいない悪態を心の中でついてみる。 「ユウジ、おやすみ」 「おやすみ。疲れたろ。ぐっすり寝ろよ」 「うん。DJの仕事をしてるユウジはかっこ良かったよ」 「やっとわかったか」  二人で笑いながら、今までと変わらず、俺はミユを後ろから抱いて寝た。
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