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近いのに遠かった
一か月後、俺は一旦田舎に帰り叔父の農場を手伝った。親父が亡くなってからは親のように良くしてくれた叔父の依頼を断る訳にはいかなかった。それまでの一か月、タカトシとチカはそれぞれクラブに顔を出したが、ミユが来ることは無かった。これで思い出になる。ミユが来なくて良かったのだと思った。
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一年半ほどして、俺は自分の部屋に戻ってきた。ミユとの別れを惜しむ暇もないほど農場の仕事が忙しくて逆に助かった。
久しぶりに連絡をしてクラブに顔を出すと、下っ端だったフロアスタッフが店長になっていた。
「Cookieさん! 待ってましたよ! Cookieさんいなくて売り上げ下がっちゃって、閉めなきゃってオーナーが死にそうになってます! 今日からまたよろしくお願いします」
「こちらこそまた雇ってくれてありがとう。よろしく店長」
田舎で働いている間に、何故か俺の名前にハクがついていて、伝説のDJみたいな扱いになっていて驚いた。何の派手なこともしていなかった、ただのDJ兼ラッパーだったというのに。そこから、リミックスやプロデュースの話まで舞い込むようになった。
この街でプロデビューしたことのあるボーカリストがインディーズでアルバムを制作中だという。そのプロデュースをお願いしたい、と直接言ってきた。
俺がクラブを辞める前に出したミックスCDを聴いて、好きな音が似てるなと思ったんだそうだ。
とにかく何でもいい。音楽に触れていられるならそれで幸せだ。農場での暮らしで、どれだけ自分が音楽に生かされているのかを思い知ったから。
タカトシは俺が戻ってくる少し前の時期に三冊目の詩集を出していたと知った。手に入れて読んでみると、ずいぶん作風も変わっていたが、言葉を選ぶセンスは相変わらず、ずば抜けていて、ミユは編集としてもいい仕事をしているな、と思った。何故わかったかというと、あとがきにミユに言及した文章があったからだ。そうだ、ミユは元気にしているだろうか。タカトシの詩集が出たという事は、きっと上手くいっているんだろう。
タカトシは携帯番号もメールもメッセージIDも変わっているらしく、連絡がつかない。チカにも連絡してみたが、あいつも仕事が忙しくて、あの二人と最近連絡取ってないんだ、という。
そうだよな。もうあれからニ年経つんだからな。直接詩集図書館に行くわけにもいかないし。
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