行ってきます

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行ってきます

 昼の日差しがカーテンの隙間から漏れてくる。遮光カーテンだが、ちょうど隙間の開いた部分から漏れる光が俺の顔を刺した。 「あー……今何時だ」  時計を見ると11時で、二人で昼食でも食べていたら、ミユはすぐに発つ時間になるだろう。俺はミユを起こさないようにベッドから抜け出そうとした。 「ユウジ」  ミユが俺の腕に触れた。 「お前、起きてたのか」  眠れなかったのだろうか。でもそれを訊いても、もう今日という日は来てしまった。 「うん。ちょっと前に目が覚めたよ」 「飯食うか!」  空元気を出して明るく言ってみせたが、ミユはいつものように反応しない。 「ユウジ、水飲みたい」  ああ、こういう事が昔もあったな。レポートが重なった時とか、発表の時とか、ストレスが一定量を超えると、ミユは突然甘えてくるようになる。卒論とか院進の時とか、タカトシはこいつにどうやって対応したんだろう。  いや、卒論の時は、ゼミ室でたまに集まった時は男連中でコンビニまでパシらされたりしたなあ。それに…… 「おう、待ってろ」  常温の水がミユは好きで、なんで自販機で常温の水売ってないの、冷たくなくていいのに、と常々言っていた。ミユに冷えていないペットボトルの水を渡す。ミユは黙って受け取って黙って水を飲む。俺も自分のボトルから蓋を捩じって一口飲んだ。 「ミユ、卒論の時覚えてるか? 提出する前に、俺を見つけてサンドバッグにしたこと」  水を飲みながらジロッと視線だけを送ってくる。 「後ろから飛び掛かってきやがって、俺マジであん時殺意覚えたからな」 「……だって、死ぬほど緊張してたんだもん」 「だからって奇襲はないだろうがよ!」  大学構内を歩いていたら、ユウジーっ!! と叫び声が聞こえたかと思うと俺は後ろから飛び掛かられていた。首が折れるかと思うくらいの勢いで。  ――卒論提出なんだよ、どうしよう、ついて来てよ、今日に限ってキャンディー忘れちゃったから買ってきて! ストロベリー味!――とかめちゃくちゃに言われたしポコポコ叩いてくるし、酷いもんだった。  「……痛かった?」 「お前、三年の時を超えてそれ言うかよ!」  俺は久しぶりに腹を抱えて笑った。ミユも最初は不服そうだったけど一緒に笑いころげた。 「……また緊張してんのか?」 「……うん」 「もう叩くなよ? 緊張、解いてやるから」 「うん……」  俺は、ミユの手を取って手首をそっと噛んだ。吐息と共に聞こえてくるか細い声。すぐに目が潤んでくる。この感触を忘れないでいれたらいいな。そう思いながら俺はミユの甘い舌を絡めとった。 「もう時間だろ、行ってこい」  昨日ミユが来た時間になりつつあった。14時。24時間経ってしまった。 「お前が住んでた部屋だろ。こっから大学挟んで向こう側じゃねぇか」  ここから大学を突っ切れば、20分程度で着く。 「一緒に行ってほしい……」 「ミユ、お前何言ってるのかわかってんのか? 俺がタカトシに見つかったら意味ねーだろ」 「偶然会った事にする……」 「厳しいと思うぜ」  そんなに勇気を出さないといけないなら、どうして俺の側にいてくれないんだ。 「行くの、行かねーの?」 「行く……」 「なら自分で行け」  泣きそうな顔でミユは玄関に向かった。  お前が行きたいって言ったくせに、どうして俺がお前の背中を押しているんだろう。 「後できっとタカトシは俺に連絡してくるから、また近いうちに会える」 「うん……ユウジ、行ってくるね……行ってきます!」  多分戻ってこないのに。行ってきますかよ。最後まで気を持たせやがって。 「頑張れよ、ミユ」  俺はキスをして、ミユの両肩をポンポンと気合を入れるように叩いた。  玄関から見送った後、ミユが歩いていくのを窓から眺めた。二人で何度も通った大学への道のりを、おぼつかない足取りで歩いていく。お前が選んだんだ。精一杯やって、納得するまでタカトシの側にいるといい。  仕事に行く前にポストを確認すると、見慣れない封筒が届いていた。
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