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封筒を開けながら、一旦部屋に戻った。この知らせが来たのも、ちょうどいいタイミングだ。パンを齧りながら手紙の内容を読んでいるとスマホが鳴った。
”ユウジ先輩、ミユが僕のところに逃げてきました。チカさんと一緒に今後どうするかの相談ができたら嬉しいです”
タカトシからメッセージが来た。まさかすぐに連絡が来ると思っていなかったので、少し驚いたと同時に、信用してくれている彼に申し訳ない気持ちにもなった。タカトシは昨日までの約一年間、俺がミユと一緒にいて抱いていた事など知らないのだから。
やり取りをして、明日の夕方、俺とチカでタカトシとミユがいる詩集図書館に集合することになった。
「すみませんユウジ先輩。忙しいのに来ていただいて」
「大丈夫だよ、何年の付き合いだよ、遠慮するな」
元々ミユの部屋で、ミユが集めた古今東西の詩集を管理していた場所。詩集図書館と皆が呼んでいた。今はタカトシが住んでいる。
入ると、あの頃と変わらない本の香りがする。
「タカトシ、ちゃんと本管理してくれてるんだな。ありがとう。ここは重要文化財だ」
「いえ、僕は住んでるだけですから……詩の好きな学生には好評ですが」
「それが大事なんじゃないか」
「あ、奥にどうぞ」
「ユウジ、来てくれてありがとう」
ミユが笑顔で俺を出迎えた。昨日の今日なのに、とても遠く感じる。
「おう、久しぶりだな、元気にしてたか」
久しぶりだなんて嘘もいいところだ。
おそらくミユが片付けたであろうリビング。俺は素っ気なくしか返事ができなかった。ピンポン、と呼び鈴が鳴ってチカも合流する。
「おーす! タカトシ君久しぶりだね! ミユよく逃げてきたじゃん」
チカが二人に元気よく挨拶をした。
タカトシにはチカと付き合っている、と話している。嘘っぱちでしかないが、別れた男が関わるにはその方がいいし、彼は俺がチカと付き合っていると聞いたからこそ、すぐに連絡をくれたに違いないのだ。
「で、そもそもどうなってるんだよ」
俺は知らない振りをして、ミユとタカトシが話すのを聞いた。
彼女のいる夫は出張と言っては帰ってこない。それなのに行動を縛られDVを受けていること、怪我は写真を撮ったこと、病院にも通っていて診断書も出たこと、弁護士に離婚調停を含め相談と依頼をしていること。
「じゃあ後は離婚届け出すだけか」
「そういうことみたいね」
チカが再確認して頷いている。するとキッチンカウンターに置いていあるミユのスマホが鳴りだした。
「出ねえの?」
「ああ、旦那さんみたいで」
とタカトシが困った顔をした。
「もう別れるって言って出てきたんじゃねえのか?」
「弁護士さんに頼んであるよ、だから連絡はしてほしくないんだけど」
とミユが溜息交じりで答える。
「ちょっと貸せ」
スマホを取り上げると、もしもし、と俺は電話に出た。電話口のミユの夫は男が出たものだから、慌てた上に、お前は誰だ! と叫び出した。
「大学の時の友達です。今友人たちでミユさんを匿っています。弁護士を通すということになっていると思うのでそのようにしてください」
「うるさい! 男がいたのか、何考えてんだ、離婚はしないぞ!」
途中からスピーカーにしたので、皆に丸聞こえだ。青ざめているミユをタカトシが抱きしめていた。チカが横から大声で話す。
「男だけじゃないですよ、友達大勢で匿ってますから!」
頭に来たミユの夫は言葉にならない状態でわめいている。うんざりして俺は言った。
「うるせえ。お前がミユを殴った後の怪我の写真もたっぷり撮ってあるぞ。文句があるなら裁判所で言いやがれ、クソが」
罵詈雑言が嘘のように止まった。
「あと、俺らの同期には興信所に勤めてる奴がいるんだ。そこまで言うならアンタ、潔白なんだよな? 出張が多いみたいだけど。調べさせてもらうぜ?」
何か叫び声が聞こえた後、電話は切れた。
「……これで当分電話は来ねえだろ。もう着拒しとけよ」
「……うん、そうする。ユウジ、ありがとう」
「そういえば、実家のご両親とかは?」
チカが心配そうにミユに訊いた。
「それは、何とか自分で言った。もう弁護士さん立ててるし、親子の縁を切るなら切ってって」
「それならいいけど……親子の縁切るって話にまで?」
うん、とミユがうなずいた。
「……ところで、僕らの同期に興信所で働いてる人、いましたっけ?」
タカトシが僕だけ知らないのかな、といった風情で訊いてくる。
「んな訳ねーだろ、ハッタリだよ、ハッタリ!」
「ああっ! そういうことか!!」
タカトシが長い身体を折り曲げ伸ばしては顔を両手で押さえた。
「タカトシ君真面目なんだからー!」
チカもツッコミを入れて笑った。俺たちはみんな噴き出して、シリアスな雰囲気も一気に崩れてしまった。
「ねえ、せっかく四人も集まってるんだから、今から飲み会しようよ!」
チカが楽しそうに提案した。こいつは場を明るく持っていくことに関しては右に出るものはいない。ゼミの話し合いや議論で雰囲気が悪くなった時にいつもこいつが空気を変えてくれていた。ミユが友達として頼っているのも分かる気がする。
「あ、ユウジ先輩、今日は仕事あるんでしょう?」
タカトシが俺が今から仕事ではないかと気にして尋ねてくる。
「いや、休みだよ」
「じゃあ決まりね!」
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