67人が本棚に入れています
本棚に追加
冬の雨宿り
「ユウジ、いつもヘッドフォンしてるけど、どんなの聴いてるの?」
冬になり、ミユはうさぎみたいなもこもこ帽子を被ってくるようになった。俺たちは大学では一緒にいることが普通になっていた。
「聴いてみるか?」
ボリュームを少し下げて、両側に下がってるイヤーフラップをよけて耳に当ててやった。
「何かボコボコ言ってるね。地獄の窯のふたが開くような」
「ミユ、もっといい例えってねーのか」
「え? メッチャ詩的な表現! カッコいいって事」
五時限目の講義を受けに行く為に俺たちは移動していた。
「今日えらく冷えるな。雪でも降るかな」
「でもユウジ、今日天気予報に雪マークなかったよ?」
五時限目が終わった。予報と違ってみぞれ交じりの雨が降っている。それも結構な雨足だ。
「うわー、最悪じゃん……」
「どーするよこれ……」
あちこちから冷たい雨に対しての困惑や不満の声が上がっている。ほとんどの学生が雨宿りしていたが、どうにもならないと思って走り出す者も少なくなかった。
「こっからお前んちまでどのぐらいかかんの?」
「えっと、私正門の方だから、ここからだと十五分」
俺の住まいはこの棟のすぐそばの東門から五分だ。
「俺んちの方が近い。走るぞ!」
「え? 待ってユウジ!」
俺はミユの手を引っ張って東門へ走った。決断があと五分早ければ良かったのに、と走りながら思った。俺たちが走り出してから雨が酷くなったから。
冷たい雨に身体が濡れて、走って息が切れているはずなのに、家の鍵を出そうとするだけでも手がかじかんで震える。
「ミユ、服貸してやるから中入ったらすぐにシャワー浴びろ」
「うん……ありがと」
ミユのふわふわした帽子がたっぷり雨を含んで毛が寝てしまい、ポタポタと水滴を落としている。まるで濡れねずみだな。真っ白な息が出てくる唇は小さく震えていた。やっとのことで鍵を開ける。
「お待たせ、入れよ。汚ねーけど」
ミユを玄関に押し込む。早くこいつにシャワーを浴びさせて俺も着替えないと凍え死ぬ。俺はコートを靴下を脱ぎ、急いでタオルを取りに行った。
「さむーい! びっちゃびちゃだねえ!」
いちいち今の状態を味わうような言い回しをするな。そうだよ寒いんだよ!
「そういうのいいから、お前とにかく早く脱げ。風邪ひく。帽子とかコートとかそこら辺に置いとけ、掛けとくから」
部屋は冷え込んでいて、ヒーターを急いで点けた。
「こっちが風呂。早く行け」
「ありがとうユウジ、じゃあシャワー借りるね」
俺も着替えないと寒くてヤバい。濡れて重たくなったジーンズを洗濯機に放り込んだ。ミユの分は俺のスウェットでいいよな、とりあえず。
「置いとくぞー!」
玄関の濡れた服たちをハンガーにかけたり、ピンチで干したりした。二人のコートとうさぎ帽子からはボタボタ水が落ちる。機材部屋奥にしといてマジで良かった。同じ部屋だったら湿気でダメになるぜこれじゃ。
あったかいものが飲みたい。ケトルを火にかけた所で髪を拭きながらミユが出てきた。
「ありがと……復活した!」
俺のスウェットはミユの身体に余っていて、でも腰回りはパツパツだった。あーこいつ、女だった。
「おい、服濡れてるだろ、干しとけよ」
「うん……てかさ、ユウジ、見て! 大変なことになってるじゃん!」
急な冬の嵐にテレビが特集を組んでいた。空港は閉鎖、公共交通機関もストップしている。
「えー! タクシーで帰ろうと思ったのに」
「遠距離のやつらが乗りまくってるからつかまんないぞこれじゃ。それに服が濡れてるから乾かさないと、そもそも帰るの無理だぜ」
「ちょっと聞いてみる」
ミユはタクシー会社に電話を掛けた。案の定出払ってます、との答えしかもらえなかった。
「あーあ…‥」
「ドンマイ。でもこっちもそんなに酷くなったのかよ、雨」
とカーテンを開けて、二人で窓の外を見てみた。
「ヤバッ!!」
みぞれは雪に変わり、真っ白に吹雪いていた。家に着いて三十分ほどなのに、もう外は真っ暗になっている。
「ミユ、お前明日の土曜なんかあるの?」
すぐ隣に来て窓の外を覗くミユを見下ろして尋ねる。
「うーん、バイトは明日休みだし、特には」
「じゃあ、泊まってけよ。もう帰るの無理だろこれ」
「迷惑じゃない?」
「キャンディーの講義が無いなら」
「わかった! じゃあお礼に最近一押しの詩の話してあげる!」
「いらねーよ! 俺もシャワってくるわ」
「はーい」
シャワーを浴びながら、致命的な事に気付いた。来客用の布団が無い!
一週間前まではあったんだ。DJ仲間と宅飲みして、そいつが寝ゲロしやがったから、捨てざるを得なかった。弁償するって言って俺は金をもらって、その金はヘッドフォンの一部に化けた。
ああ、俺何で布団買わなかったんだよ! あれでも一応、女だぞ。下着まで濡れたんだろう、あいつ下着はいてなくてそのまま俺のスウェット着てた。何で分かったかというと、胸の先の形が二つ控えめに見えたから。冬だから、床に寝るのは無理。ましてやこんな寒い日に。
「あー、参った」
頭を洗いながら俺は呟いた。カッコつけて泊まれって言ったのはいいけど、失敗した。今日はことごとく判断ミスだ。俺、我慢できるかな。最近女と遊んでないしな……。
最初のコメントを投稿しよう!