冬の雨宿り

1/2
前へ
/27ページ
次へ

冬の雨宿り

「ユウジ、いつもヘッドフォンしてるけど、どんなの聴いてるの?」  冬になり、ミユはうさぎみたいなもこもこ帽子を被ってくるようになった。俺たちは大学では一緒にいることが普通になっていた。 「聴いてみるか?」  ボリュームを少し下げて、両側に下がってるイヤーフラップをよけて耳に当ててやった。 「何かボコボコ言ってるね。地獄の窯のふたが開くような」 「ミユ、もっといい例えってねーのか」 「え? メッチャ詩的な表現! カッコいいって事」  五時限目の講義を受けに行く為に俺たちは移動していた。 「今日えらく冷えるな。雪でも降るかな」 「でもユウジ、今日天気予報に雪マークなかったよ?」  五時限目が終わった。予報と違ってみぞれ交じりの雨が降っている。それも結構な雨足だ。 「うわー、最悪じゃん……」 「どーするよこれ……」  あちこちから冷たい雨に対しての困惑や不満の声が上がっている。ほとんどの学生が雨宿りしていたが、どうにもならないと思って走り出す者も少なくなかった。 「こっからお前んちまでどのぐらいかかんの?」 「えっと、私正門の方だから、ここからだと十五分」  俺の住まいはこの棟のすぐそばの東門から五分だ。 「俺んちの方が近い。走るぞ!」 「え? 待ってユウジ!」  俺はミユの手を引っ張って東門へ走った。決断があと五分早ければ良かったのに、と走りながら思った。俺たちが走り出してから雨が酷くなったから。  冷たい雨に身体が濡れて、走って息が切れているはずなのに、家の鍵を出そうとするだけでも手がかじかんで震える。 「ミユ、服貸してやるから中入ったらすぐにシャワー浴びろ」 「うん……ありがと」  ミユのふわふわした帽子がたっぷり雨を含んで毛が寝てしまい、ポタポタと水滴を落としている。まるで濡れねずみだな。真っ白な息が出てくる唇は小さく震えていた。やっとのことで鍵を開ける。 「お待たせ、入れよ。汚ねーけど」  ミユを玄関に押し込む。早くこいつにシャワーを浴びさせて俺も着替えないと凍え死ぬ。俺はコートを靴下を脱ぎ、急いでタオルを取りに行った。 「さむーい! びっちゃびちゃだねえ!」  いちいち今の状態を味わうような言い回しをするな。そうだよ寒いんだよ! 「そういうのいいから、お前とにかく早く脱げ。風邪ひく。帽子とかコートとかそこら辺に置いとけ、掛けとくから」  部屋は冷え込んでいて、ヒーターを急いで点けた。 「こっちが風呂。早く行け」 「ありがとうユウジ、じゃあシャワー借りるね」  俺も着替えないと寒くてヤバい。濡れて重たくなったジーンズを洗濯機に放り込んだ。ミユの分は俺のスウェットでいいよな、とりあえず。 「置いとくぞー!」  玄関の濡れた服たちをハンガーにかけたり、ピンチで干したりした。二人のコートとうさぎ帽子からはボタボタ水が落ちる。機材部屋奥にしといてマジで良かった。同じ部屋だったら湿気でダメになるぜこれじゃ。  あったかいものが飲みたい。ケトルを火にかけた所で髪を拭きながらミユが出てきた。 「ありがと……復活した!」  俺のスウェットはミユの身体に余っていて、でも腰回りはパツパツだった。あーこいつ、女だった。 「おい、服濡れてるだろ、干しとけよ」 「うん……てかさ、ユウジ、見て! 大変なことになってるじゃん!」  急な冬の嵐にテレビが特集を組んでいた。空港は閉鎖、公共交通機関もストップしている。 「えー! タクシーで帰ろうと思ったのに」 「遠距離のやつらが乗りまくってるからつかまんないぞこれじゃ。それに服が濡れてるから乾かさないと、そもそも帰るの無理だぜ」 「ちょっと聞いてみる」  ミユはタクシー会社に電話を掛けた。案の定出払ってます、との答えしかもらえなかった。 「あーあ…‥」 「ドンマイ。でもこっちもそんなに酷くなったのかよ、雨」 とカーテンを開けて、二人で窓の外を見てみた。 「ヤバッ!!」  みぞれは雪に変わり、真っ白に吹雪いていた。家に着いて三十分ほどなのに、もう外は真っ暗になっている。 「ミユ、お前明日の土曜なんかあるの?」  すぐ隣に来て窓の外を覗くミユを見下ろして尋ねる。 「うーん、バイトは明日休みだし、特には」 「じゃあ、泊まってけよ。もう帰るの無理だろこれ」 「迷惑じゃない?」 「キャンディーの講義が無いなら」 「わかった! じゃあお礼に最近一押しの詩の話してあげる!」 「いらねーよ! 俺もシャワってくるわ」 「はーい」  シャワーを浴びながら、致命的な事に気付いた。来客用の布団が無い!  一週間前まではあったんだ。DJ仲間と宅飲みして、そいつが寝ゲロしやがったから、捨てざるを得なかった。弁償するって言って俺は金をもらって、その金はヘッドフォンの一部に化けた。  ああ、俺何で布団買わなかったんだよ! あれでも一応、女だぞ。下着まで濡れたんだろう、あいつ下着はいてなくてそのまま俺のスウェット着てた。何で分かったかというと、胸の先の形が二つ控えめに見えたから。冬だから、床に寝るのは無理。ましてやこんな寒い日に。 「あー、参った」  頭を洗いながら俺は呟いた。カッコつけて泊まれって言ったのはいいけど、失敗した。今日はことごとく判断ミスだ。俺、我慢できるかな。最近女と遊んでないしな……。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加