クッキーとキャンディー

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クッキーとキャンディー

 今日も何人が音楽を楽しんでくれただろう。何人かは少しは音楽を聴いて生きる気になってくれただろうか。俺と同じように。 「お疲れ様です、Cookieさん今日も最高でした!」 「おーお疲れ、サンキューな」  ホールスタッフがサムズアップしてきた。DJ機材の電源を落とす。今日も一日が終わった。 「じゃあ、お先です」  クラブの階段を上がると、夏の空が白み始めている。  俺はまだ、あの夏の日にお前を諦める決心をしたことを悔やんでいる。もう完全に取り返しがつかないとわかっているのに、まだ。  Cookieっていうのは俺のDJ兼ラッパーネームで、最初は普通にサトウって本名でやってた。名前考えるのも面倒くさかったし。それで、他のラッパーにシュガーちゃんとかって揶揄われてたけど、ソイツを一発殴ってからはサトウだけど甘くねえ、硬派だ、アイツはHardCookieだって言われてそっからCookieになった。名前とかどうでも良かったから、そのままそれを使ってる。  あれは大学一年の、後期に入った頃だったから、秋頃だったか。 「ねえ、ここって木下教授の講義ですか?」  タメ語と丁寧語を混ぜた奇妙な口調でその子は話しかけてきた。垢抜けない感じの、緩くパーマのかかった青い髪を二つに結んで下ろしていた。 「ああそうだけど」 「ありがとう! 後期だけの授業取ってるの忘れてて、教室がどこかわからなくって」  そのまま俺の隣の席に座った。何だコイツ。まあ必修講義だからあんまり席が空いてないからいいけど。  そいつはものすごい勢いでノートを取り、講義が終わると、 「ホントに助かりました。あの、これお礼です」 とペロペロキャンディーを寄越してきた。 「あ? 別に礼とかいらねーけど」  ペロペロキャンディーだしな。煙草の一本でもくれるならもらったけど。 「え?もしかしてチュッパチャプス派?こっちもあるよ」  デカいバッグを漁ってチュッパチャプスを出してきて、どっちか選べと見せつけてくる。正直俺は引いた。 「私、チヂワミユって言います。ホント助かったから、もらって?」  変な女だな。毒とか入ってんじゃねーのか? 俺が固まっていると、 「じゃあ、両方あげる! 私次行かなきゃ! ミント君、またね!」  ペロペロキャンディーとチュッパチャプスを両方俺に押し付けて、そいつは走って去って行った。 「……何だあれ?」  それに俺は、ミントじゃねーぞ。ユウジって名前がある。まあ髪がミント色だけどな。  仕方ないから、尻ポケットに二つの棒キャンディーをねじ込んだ。
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