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「ご、ごめんなさい。こ、こんなことになっちゃって......ぜ、全部私が悪いの。この人のせいじゃ無い。ウッ、ウッ、ウッ......」
「な、何言ってんだ?! マドモアゼルは全然悪く無いぞ。全部、こいつが悪いんだ!」
「なるほど......もう新しい男作ってたってことか......荷物が『ゴミ』なら、お前は『ゴミ』以下だな!」
「な、なんだと?! てめぇ、もう許さんっ!」
すると更に顔を真っ赤にした喜太郎さんは、一気に拳を振り上げたの。その後一体何が起ころうとしているのか? そんなの誰が見たって分かることだった。
「ダメっ!」
これも咄嗟の判断だったと思う。私は小さな身体を大きく広げ、自分より2倍近く大きな喜太郎の身体を羽交い締めにしてた。きっと火事場の馬鹿力だったんだろう。
「マドモアゼル、離せ! こいつだけは絶対に許さん! 警察でも何でも呼びたきゃ呼べばいい。頼む! 一発だけはどうしても殴らせてくれ! そうでもしないと、俺の気持ちが収まらん!」
正直......ちょっと嬉しかった。きっと喜太郎さんは、行き場を失った『Paul Smith』と惨めな私を『ゴミ』と罵った琢磨君が許せなかったんだろう。
でも今更そんなことを怒ったところで、何の解決にもならない。もう修復不可能な状況になっちゃってる。
ところがこの後......事態は急展開を迎えることとなる。後から聞いた話だと、これまでの喜太郎さんの『怒り』は、全て計算ずくだったらしい。ほんとかな?
「おい、早くしろ! 警察呼べって!」
身の危険を感じた琢磨君は、何度も同じ言葉を叫び続けていた。どちらかと言うと、男の中では少し小柄な体躯。相手が180センチ近い喜太郎さんともなれば、きっとプロレスラーくらいに見えていたのかも知れない。
一方、『警察』......そんな国家権力の名を浴びせ掛けられたところで、一切怯みを見せない悪役プロレスラー。更にこの後、激しい追及を続けていく訳なんだけど、この辺りから少し話の様相が変わっていった気がする。それがどんな風に変わっていったのかと言うと......
「結衣さんはな、あんたを信じてたんだぞ! 『親友』だってな! そんな『親友』を裏切ってあんたは平気なのか?!」
遂に喜太郎さんは、興奮し過ぎて血迷っちゃったのかと思った。だって『親友』じゃ無くて『彼氏』でしょうって。少し冷静になろうよ......
「『親友』? 何言ってんだお前?!」
当然のことながら、琢磨君からそんな答えが返ってくるわけ。
「親・友・だ! 親・友・な・ん・だ・よ! 結衣さんはな......あんたのことを大好きだって言ってたんだぞ。そんな大事な『親友』を裏切ってあんたは平気なのか?! おい、ちゃんと聞いてるのか?!」
「こ、こいつ、言ってることの意味が全く分からん! 頭おかしいぞ!」
ソプラノボイスで再びそんな叫び声を上げた喜太郎さんの目は何と......同じくソプラノボイスを上げた琢磨君には向けられていなかった。何か遠く、家の中に向けられてた気がする。その時私は、同時にある飛んでも無い物体を目にしてしまったのである。
「えっ! これって......」
正直、こんな所で一番見たく無い物体だったと思う。それはさっき、『LA・BAR・SOUL』でわたしが喜太郎さんに見せた、事務所内の集合写真にはっきりと写っていたものだ。
琢磨君の革靴の横に、何とエンジ色のパンプスが整然と置かれてるじゃない! パンプスって言ったらもちろんそれは女性の履き物だ。因みにあの写真の中に写ってた女性は私ともう一人だけ。
つまりそれって、エンジ色のパンプスの持ち主である女性が今この家の中に居るってことになる。そんなのを見た瞬間、私は遂に全てを悟ってしまったのである。
まずは喜太郎さんが家の中に向かって『親友』と叫んだ理由......私に取って親友と言えば、残念ながら、その者しか居ない。
そして今日の午後、琢磨君は会社に戻って来て無いのに、タブレットを持ち去ることが出来た理由......無情にも、その者が共犯だったとしたら、アリバイが全て崩れることになる。
更に今日、琢磨君が私を『ゴミ』のように捨てた理由......それは琢磨君が私の『親友』に鞍替えしたからとしか思えない。
突き付けられたそんな現実は、私を本当の地獄へと突き落としていったのである。
なんだ、そう言うことだったんだ......
落胆のあまり、もう何も考える気になれなかった。人を好きになることも、人を信じることも、また人と交わることすら愚かなことに思えてしまう。多分このまま私は、『人間不信』と言う十字架を背負ったまま、余生を過ごしていくことになるんだろう。
それと同時に、もうタブレットのことなんかどうでもよくなってた。明日会社に謝って辞表を出せばいいだけの話とも思った。今あたしが望むこと......それは、直ぐにでもこの場から立ち去り、そしてこの人達と二度と会わないことだ。
負け犬にスポットライトは似合わない。身分相応、とっとと真っ暗な自分の部屋へ身を沈めたかった。そんな思いから、フラフラフラ......わたしは扉に背を向けて歩き出したのである。まるで夢遊病者のように......すると、
「結衣、待って! あなたは誤解してる!」
今更のように、パンプスの持ち主が家の中から飛び出して来た。きっと喜太郎さんの魂の叫びに、良心の呵責が巻き起こったんだろう。
姿を見なくても、その聞き慣れた声を聞けば、それが『親友』美也子だって直ぐに分かる。でも私は振り返らなかった。あんたの顔なんか、見たくも無い......
「結衣、違う! 誤解なんだ。待ってくれ!」
今度は私を『ゴミ』にした張本人。美也子がここに居るのに何が誤解だって言うんだろう。悲しいけど、あなたの顔だってもう見たく無い......
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