第1話 憂鬱

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「まずは聞かせて貰おう。マドモアゼルがタブレットを最後に見た場所と時間だ」 「うんと......どうだったっけかな? 確か最後にタブレットを見たのは、私のデスクの上。忘れないように、夕方からブリーフケースの中に入れておいた筈。時間は恐らく16時前後だったと思う。  最近のタブレットは軽いし、他にも色んな物が入ってるから、帰る時それが入って無いことに全く気付かなかった。あの時、一応中を開けて確認しとけば良かったわ。それと......マドモアゼルじゃなくて桜木結衣だから」 「きっとマドモアゼルは彼氏の誕生日で浮かれてたんだろう。夕方くらいからソワソワしてたんじゃないか? 恋は人を盲目にするとはよく言ったもんだ。  それはそれとして......会社のサーバーに繋げることが出来て、ブリーフケースの暗証番号を知ってて、タブレットの立ち上げパスワードを知ってて、それを奪って得する奴は誰だ? ってことになるんだが......」 「そんなの直ぐに分かったら苦労しないわ。分かんないから困ってるんじゃない!」  売り言葉に買い言葉のバトルになるかと思いきや...... 「あちこち絡まり合ってる紐をほどこうとしたら、まずはどうする?」  笑みを浮かべながら、突然変な質問を繰り出して来た。その意図は不明だけど、きっと何か意味が有るんだろう。いずれにせよ、直ぐに癇癪を起こしてしまう私に対し、喜太郎さんは何を言われても常に冷静だった。  今思い返してみれば、私がこの店に入ってからと言うものの、常にその姿勢は一貫している。見習わなきゃならないところだと思う。  そんな喜太郎さんの質問に対し、答えはどう考えたって一つしか無かった。 「まずは、ほどき易いところから順に、一個づつ丁寧にほどいていく......と思う」すると、 「その通りだ......ほらもう一杯」  トクトクトク......再びミネラルウォーターを注いでくれた。ゴクゴクゴク......それを一気に飲み干すと、興奮仕切った脳が見る見るうちに、冷却されていく。    よし、もう二度と取り乱さないわ! そんな強い決心の元、私は次なる喜太郎さんの言葉を待ち構えた。 「じゃあ落ち着いたところで、一個目のからまりを解いていくぞ。まずは初級編。会社のサーバーに繋がるパスワードを知ってる奴は誰だ?」 「社員全員」 「よし、大変よく出来ました。次に......マドモアゼルのタブレットを立ち上げる為のパスワードを知ってる人間、若しくはそれに当たりを付けられる可能性が有る人間は?」 「それは私本人と......」  直ぐにある人物の顔が頭に浮かび上がる。 「マドモアゼルと誰だ?」  でもちょっと、言いたく無かった。 「そ、それは......」  ついつい躊躇してしまう。 「何モジモジしてんだ? 早く言おうよ」  なぜならその人物とは、 「......琢磨君」  だったから。 「なるほど......どうせ、そいつの誕生日とかなんだろ? スマホのパスワードとかも、全部一緒なんじゃないか?」   くっ、悔しいけど......全部当たってる。 「......」  思わずうつ向いて、無口になってしまう私。きっと私は正直者なんだろう。 「これも図星か......よろしい。それじゃあ次いくとする。マドモアゼルのブリーフケースのカギの暗証番号を知ってる、もしくは分かりそうな奴は?」 「それはあんまり関係無いんじゃない? カギなんか直ぐに壊せて中開けれるし」  この質問も出来れば答えたく無い......そんな心理が働いた上での回答だったりする。しかし、喜太郎さんは逃がしてはくれなかった。 「壊れてたら、帰る時マドモアゼルに気付かれて、その場で中を確かめられるのが落ちだ。犯人はタブレットを抜き出した後、ブリーフケースにその痕跡を残す訳にはいかなかった。そう考えるのが自然じゃないか? だからここも敢えて聞いてるんだ。それで......該当者はだれだ?」  確かにそれは正論。鍵が壊れてたらきっと私は会社でブリーフケースの中を確認してただろう。やっぱ、答えなきゃダメか...... 「私本人と......」  イヤだなぁ...... 「またモジモジ君か......それでだれ?」  仕方がない......言っちゃおう。 「......た、琢磨君」  言ってしまった。と言うか、言わされてしまった。多分だけど......話の流れからして喜太郎さんは、琢磨君が怪しいと思ってる筈だ。でもそんなの......絶対に有り得ないんだけどなぁ。
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