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◆◇◆◇◆◇
トングを返却した可波は、その足で華子のもとへ向かった。
華子はいつの間にか子どもたちの輪から離れて、大きな木の下に立っていた。
「なにしてんのー?」
「あ。カナミ」
居づらくなって逃げていたのかと思えば、半身を引いた彼女の向こう、木の下にもうひとりいた。女の子が座っている。
「この子、喋んないんだよねー」
腰に手を当てて見下ろす華子が怖いのでは……と思ったが、どうやらそういうわけでもないようだ。
少女は華子に見向きもせず、不貞腐れた顔で足元の落ち葉をいじっていた。
「体調が悪いなら、スタッフに相談した方がいいかも」
可波がボランティアの責任者を探そうとあたりを見回すと。
「ちがうっ! あたしはなわとびがしたくないだけなのっ! もー、ほっといてっ!!」
勝手なことばかり言われて我慢できなくなったのか、女の子が叫んだ。
ちょっと般若みたいな顔になっている。
「あたし運動だいっきらいなの! もう帰りたい! おうちでお絵描きがしたいの! うわーん!!」
「そ、そか。だったら無理しないでいいから〜」
とうとう女の子は膝に顔を埋めて勢いよく泣き出してしまい、可波はおろおろしながらなぐさめた。
しかし華子は仁王立ちのまま、それを見下すように鼻で笑った。
ちょっと……。と、可波がとがめるように見上げる。
「なんだ、そんなこと。もっと早く言えばよかったのに」
「えっ……そんな、こと?」
怪訝そうに女の子が泣き顔を上げた。
華子は軽くストレッチしながら、ほかの子どもたちへと視線を向ける。
「確かに運動しばりのレクは、運動が苦手な子には地獄だわ。でもあんたは自分の好きなものをちゃんとあたしに教えてくれたもんね。だから手を貸してあげる!」
「ふえぇ?」
華子は戸惑う少女を無視して、腕を引いて立たせた。
「あたしはのはす。名前は?」
「……さくら」
「おっけ。サクラは黄色い落ち葉集めてきてよ。とにかくいっぱい!」
「な、なんであたしが」
「いーからいーから! 10分後ここに集合ね。カナミはジョウロに水入れて持ってきて!」
「そんなものないよ。あー……」
可波の返事も聞かず、華子は単身、森に飛び込んで消えた。
動きづらそうなヒラヒラの服で、俊敏に。
ポテンシャルがすごい。
「お、お姉ちゃん!? えっ、どうしよう……」
「なんか、ごめんね?」
ともあれ、自分は慣れているが、彼女のペースに女の子を巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じて可波は謝った。
二人で困った顔を突き合わせると、女の子が吹き出した。
「え、なに?」
「お兄ちゃん、苦労してそう」
「う、うーん?」
「くすくす。いいよ、協力してあげる! お兄ちゃんも早くジョウロ取って来て!」
女の子はそう言って、楽しそうにカナミの背中をぐいぐいと押した。
この子が迷惑じゃないならよかった。けど……。
(こんなへんぴな場所にジョウロなんて……)
とんだ竹取物語だなぁと、可波はため息を漏らす。
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