13話 きみがクジラなら、僕はフジツボで

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「――うまく生きる必要なんてないよ」  それは心が発するままにこぼれた素朴な言葉。  華子はすがるように可波を見上げる。 「自分の心に嘘をついてまで、なにかになろうとしなくても良くない?」 「でも、あたしが生まれた世界はここなの。郷に従わないと爪弾きだ」 「それでいいじゃん」 「いいわけない」 「いいよ。それでも離れない人は必ずいる」  彼女のツインテールを崩さないように、可波は頭を撫でた。  やさしく、何度も。彼女を安心させたかった。 「本当に困ったとき、そばにいるのはその他大勢なんかじゃないよ。華ちゃんだから好きだって人が、最後には残るから。テレパシーなんてなくても、ちゃんと声は届いてる」 「えええ。そんな人、いる、かなぁ……」 「だいじょーぶ。見てよ僕なんて、華ちゃんがどこに行こうと必ず見つけるコアファンだよ?」  冗談めかしたつもりなのに、華子は目に涙を浮かべ、真っ直ぐに微笑んだ。  思った反応と違って、可波は急に気恥ずかしくなり、耳を赤くする。 「……あとさ、とりあえずここ離れない?」  「? なんで?」 「いやだって。目立ってるし」  可波は顔を隠すように水槽に向けた。  華子が客席(・・)を振り返ると、椅子に座った人々が、ステージであるベルーガの水槽の前に立つ有名人にスマホを向けていた。 「おわっ! ちょっ!? 違うから! 撮るなっ! か、彼氏とかじゃないからね!!」 「気にするのそこかーい……。はいはい、行きますよー」  華子の背中を押して、そそくさと可波たちは退散する。  またSNSで拡散されて、事務所に怒られるかも……。と、考えるほどげんなりだった。
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