19人が本棚に入れています
本棚に追加
「この名前の語感、どこかで聞いたことあると思ってたんだよ。……汚れた環境の中でも影響されず、清らかさを保っている蓮をたとえて『泥中の蓮』っていうよね。自分自身がそうあり続けるために、自戒としてもじったんじゃないの? ねえ、華ちゃん」
華子の顔が歪んで、ファイルに顔を埋めてしまった。
静かに彼女は泣いた。
「あたしの好きなんて関係ないの。そんなゴミの生産、誰も望んでないからっ。みんな、バカがバカみたいなことしているのを見て、『ああ、自分のほうがマシだな』って安心したいの。あたしはそういう役割でしかこの世に存在価値がないんだ!」
華子は泣きながらも、言葉を続ける。
「前に小学生がお姉ちゃんみたいになりたいって言ってくれたけど、こんなみっともない姿、どうして見せられるの? 仕事のやる気もない、笑われるしか脳がない、こんな人間ゴミ以下だよっ!」
ファイルを乱暴に開いて、のはすは中の紙を闇雲に引っ張った。
びり、と中央が裂けたのを合図に、一気に紙が分断される。
「ちょっと華ちゃん!」
「こんなのさっさと捨てれば良かった! こんなのに未練があると思われて! だっさ、あたし超だっさーーーっ!!」
可波がファイルを奪い取ろうとするが、華子の馬鹿力でひったくられて、どんどん中身を破かれる。
「やめなよ、自分がなにしてんのかわかってんの?」
「わかってる!」
華子は可波をにらみつける。
「プロはね、書きたくないことも書くの。ほとんどの人間がそう。書きたいものだけを書いてお金をもらっている人は、世の中にいない。あたしはプロだから……こんな幻影に惑わされていちゃダメなんだよ!」
床に落ちた紙切れを両腕で拾い集めて、ベランダに走った。
「じゃーね、あたしの足枷!! あははははっ!!」
叫ぶと、紙切れを空へとばら撒いた。
夢のかけらは美しく舞うことはなく、無常にも雨が地面へと叩きつけた。
「……させない」
「カナミ? えっ」
可波はベランダとは逆方向へと走る。
このままだと、彼女は“華子”を手放すだろう。
せっかく、彼女自身で見つけたものなのに。
それだけは絶対にさせたくない。
最初のコメントを投稿しよう!