15話 僕はきみの夢を諦めない

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 どうあがいても、状況は最悪だった。  乾かしたとしても文字は戻らないだろう。  雨に打たれた時点で、結末は決まっていたのだ。 「ごめん、最低だ。僕が考えなしにあんなこと言ったせいで……。華ちゃんの大事な資料を、全部、ダメにした……っ」  土下座するようにうずくまり、みっともなく嗚咽を漏らす可波のそばに、華子はしゃがみ込んで抱きしめた。 「なんでよ……。あたしのために、あんたが落ち込むことないから」  抱きしめたまま、華子は可波の背中を優しく撫でる。  可波はゆっくりと顔を上げた。  彩度の低い世界。  雨で髪の毛が張り付き、すっかり幼い素顔をさらけ出した華子と顔を突き合わせる。 「でも、僕が、僕がいたからこうなって。それに、もし僕が“華ちゃん”呼びしていることも、負担になってたなら、僕は……」  許して欲しいとは望まない。  償えきれるなんて思っていない。  彼女のためならなんだってするつもりだし、何度だって頭を下げるだろう。 「もういいって……」  けれど、全てを捧げても、結局解決につながることが一(さじ)すら叶わない自分なんて、本当に役立たずなモブだと嫌になる。 「ごめん……」 「うるさいな、そろそろ黙って」 「でも――っ!?」  乱暴に襟元を掴まれて、殴られると思った可波は目をつむった。  だけど――。  痛みの代わりに、強く唇を塞がれる。 「っ!」  喋ろうと口を開けた瞬間、舌が無理やりねじ込まれた。  冷えた唇からは考えられないくらいの口内の温かさと荒々しさに、息を忘れて意識が飛びそうになる。  ――。  近くで雷が落ちたのをきっかけに目を開くと、華子の顔が離れた。 「……あのさぁ、あたしを誰だと思ってんの?」  ぽたりぽたりと、前髪から雫を垂らして。  華子がゆっくりと顔を上げる。 「あんなの、全て頭に入ってるんですけど。――天才をなめないでくれる?」  轟音を響かせ、また雷が近くに落ちた。  不安定な色の空にチカチカ光る雷を背負い、悪役のように傲慢(ごうまん)な笑みを浮かべる“泥酔のはす”。  ああ。  この子はきっと無意識に。  誰かのためのエンターテイナーであろうと身体が動くのだろう。  それが悲しいほどカッコよくて。  華子のままでいて欲しいと願いつつも、泥酔のはすはまぎれもなく彼女の一部で。華子と同じくらい大切にすべき、もうひとりの彼女の姿だ。 「名前で呼ばれるの、嫌じゃない。てかさっき“のはす”って呼ばれて悲しかったの、自分でも驚いた。だったらあたし、のはすとも華子とも仲良くやってみるから! だからカナミ、これからも……っ」  気丈に振る舞っていた華子が、ついに言葉を詰まらせた。  たまらなくなって、可波の目からはふたたび涙があふれる。  それでおろおろし始めた華子がかわいくて、飛びつくように抱き締めた。  愛おしさで、胸が詰まって破裂しそう。 「ねえ僕、華ちゃんのことが大好きだ!!」 「っ!? あっ…………たし、も……」  遠慮がちに背中に回された手に、力が込められた。  冷たい雨の中で、抱き合った心臓の部分から、じんわりと身体中に温かさが広がっていく。
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