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3時間もしないうちに、盛大にエンターキーを叩く音が聞こえた。
「しごおわぁ! キミドリに送った。死……」
「お疲れさまー。何飲みたい?」
「その辺にストゼロが〜」
「飲ませたくないから聞いたんだけど?」
「……あったかい紅茶」
「はーい」
紅茶を用意してリビングに行くと、全力を使い果たした華子がソファに突っ伏していた。
「それで、あたしの小説なんて、どこで買ってもらえるっていうのよ。サブカル系のウェブサイトに売り込む感じ〜?」
クッションから目だけこちらに向けて、華子がぼやく。
「一般公募に出そうかなって」
「え。だって公募って、お金もらえないじゃん」
「え。むしろ泥酔のはす名義で小説出すつもりだったの? それ本音で書ける? ネタに逃げないって約束できる?」
「ぐっ」
図星だったのだろう。華子が目をそらした。
悪いけど、そういうところはお見通しである。
可波はリュックから冊子を取り出した。
「それで華ちゃんが仕事している間に本屋行って、どんなコンテストがあるか調べてたんだけどさ」
「ネットで見ろよ……」
「12月1日締め切りのこれとかどう? 原稿用紙150枚以上、上限なしのジャンルレス文芸賞〜」
新人作家発掘出版社賞と書かれているページを開いて見せる。
「……待て、今日は11月20日なんですけど」
「そうだね」
「あと11日しかないんだけど」
「あ、ちなみに11月29日にアップしてね」
「なんで締め切り早まってんだよ!!」
「余裕を持って、パーティーしたいので」
「いや、余裕持たせるくらいなら、もっと先の締め切りの……」
「華ちゃん!」
ぱんっとページを叩くと、華子が黙った。
「そんなに長く仕事をストップできません」
「そ、それもそうかもしれないけどさぁ。でもな、このスケジュールは鬼すぎ……。仕事でこんなことされたら爆ギレ案件なんだが……」
ぐだぐだぶつぶつ言う華子の頭を、可波は愛を込めて撫でる。
「華ちゃんならできるよ。それにできなくてもいいから、チャレンジはしてみよう?」
「うぅ……」
しばし視線を泳がせたあと、華子は観念して目をつむった。
「あーもう! わかった、やるよ!」
やけくそとばかりに叫んで立ち上がる。その勢いで、テーブルの上の紅茶が揺れた。
「短期集中でやってやるよ! だからカナミ! あんたはしばらく部屋に来ないで!」
「あれ、ひとりで平気?」
「逃げないってば。……あんたと約束したんだし」
「というか、ごはんとか」
「それは……レトルト置いといて。たった9日でしょ。その間レトルトでも死なないわ。それに集中してるときはあんま食べらんないし」
「それが心配なんだけど」
「うるさいなー、自分のタイミングがあるの! じゃないとこんなスケジュール無理だからね!?」
そう言われてしまったら仕方ない。
しばらく会えないのも寂しいけど、邪魔はできないし……。
とりあえず栄養がありそうなフリーズドライの味噌汁とか、作り置きとかも用意しておこう。
「カナミ」
華子に呼ばれて可波が顔を上げると同時に、首元に抱きつかれた。
「終わったら隣に呼びに行くから。だから……」
ちょっとだけ言葉を迷わせたあと。
「あたしのいちばんの読者になってくれる?」
「もちろん」と可波は微笑んで、彼女の額に自分の額を合わせた。
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