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そうして華子の執筆が始まった。
可波からお願いしたのは、書き終わるまではスマホの電源を切ってもらうこと。
事務所から直接口を出されたら面倒ということもあったけど、華子に事務所から連絡が入ると、可波的にも都合が悪かったから。
「……というわけで、11月いっぱいは仕事を受けることができません。収録も断ってください」
『いやいや! 勝手に決められたら困るよ! 泥酔先生は事務所所属で、フリーじゃないの。稼いでもらわないと会社が困るんだよ!』
約束した通り、可波は華子に新規の仕事を取りつがない。
君取の何度目かのため息を、耳元で受け止める。
『まったく。きみはもうウチを辞めてるでしょ? 給料が発生していないのに、どうしてこんなことするのさ〜』
「それは……」
電話口で少し笑うと、君取から『へ?』という変な声が漏れた。
「僕が、華ちゃんガチ勢だからです」
『意味不!!』
君取は再び大きなため息をついて、語気を強めた。
『本当に12月からは泥酔先生は通常業務に戻れるんだよね? それとドトーくんは29日中にはマンションを出てよ? 30日は部屋の解約日だから』
「すみません、了解です」
もごもごと君取が一瞬口ごもる。
「……なんかごめんね、俺も盾になり切れなくて。ドトーくんはよく頑張ってくれてたのに、上がさ……」
不満げな声で、可波を気遣う言葉がうれしかった。
「いえ、君取さんはよくしてくれましたから。今までお世話になりました」
電話を切る。
華子の原稿の締め切りを29日に設定したのはそのためだった。
彼女の小説を読めたらもう、それ以上の未練はない。
こうして小説を待っている間の胸の高鳴りには、一体どんな名前をつければいいのだろうか。
知らなかった温かい感情は、とても幸せな気分にさせてくれる。
さて、モブの自分にはしばらく役割りはない。
あとは主役が輝く最終回を、静かに待つだけである。
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