11話・今さら「戻ってこい」と言われましても

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 とある平和な夕方。  いつも通り可波は華子をゆるく監視しつつ、同じリビングで自分の作業をしていた。  彼のかたわらには大量に積まれた紙の束。  それと睨めっこしながら、種類ごとにわけ、ソファの上や床に並べ直していた。  一方、華子は同じソファで執筆をしていた。  可波に背中を向けるかたちで座り、膝の上に乗せたクッションにパソコンを置いて眉を寄せる。 「はああ!? 赤字多すぎなんだけどこの編集っ! だったらAIにでも書かせとけっつの! あーだめだ、心がひとつ死去ぉ……」 「今日も感情が忙しいね〜」 「もうちょっとパワー溜めたら書くから、よろしくぅ」 「はいはい〜」  ろくに後ろを見ずに倒れた華子だが、ぽすんと可波の肩に着地した。  そのときに可波が積んでいた紙の束が目に入ったらしく、何気なく話題にした。 「かなみんはさっきから何してんのー? 紙の束とか相変わらずアナログだなぁ」 「んー。華ちゃんの書いた記事をプリントアウトしてき」 「なにやってんだよ、バカかよおめえええ!!」  華子は跳ね起きると、可波が持っていた紙をひったくってビリビリに破り捨てた。  ソファや床にある紙については、投げたり蹴ったりとバイオレンスに処理。  仕上げに、ぽかんと一部始終を見ていた可波に詰め寄った。 「嫌がらせか!? あ゛? 紙に! 残すな! こんなものをっ!!」 「でも携帯だと見づらくて」 「スマホがないならパソコンで見ればいいだろ! いや見なくていいんだよ!」 「でも華ちゃんと仕事してるんだし、どんなもの書いてるのかは知っておいたほうがいいでしょ?」 「それはっ――! ……せめて、本人の前ではダメっ!」  いまいちピンと来ていない顔をしている可波に、華子は紙の一部を丸め、投げつけた。  どうして仕事の成果物なのに見られるのが嫌なのかと、可波は首をかしげる。  他人の感じ方、考え方、受け取り方――。  それらすべてを共感できれば人間関係は楽になるだろう。  けれど、人と人は相容れないというのが、そもそもの人間の初期設定である。  受け入れるか。  それとも否定するか。  その選択は、相手との関係性やタイミングで変わるもので――。  可波はカーゴパンツのポケットから、震える携帯を取り出した。 「え。あれ。もしもし?」  ディスプレイに出ていた文字は、今では懐かしい、可波の前の雇い主。 『……土塔(どとう)くんか? 久しぶりだな』  気だるそうな男の声に、当時のことがよみがえる。 (この人は、あまり僕のことを好きではなかったような気がする……)  心がざらつく。  解雇から4カ月も経っている今、電話をかけてこられる理由がまるで思い当たらない。  電話の向こうで、男性が小さく咳払いをした。 『単刀直入に言うが、またウチに戻ってきてくれないだろうか』  本当に。  他人の考えることはよくわからないものだ。
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