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「自分が捨てたんだろ! それをなんだよ、言い訳ばっかで自己愛がお強いですこと。こっちはカナミじゃないとダメなの! 絶対に手放さないからな!」
「お客様っ。ほかのお客様のご迷惑になりますので、大きな声はご遠慮くださいっ」
一気にまくしたてたところで、店員が止めにきた。
安東は体裁を気にして、こほんと咳払いをしてから座り直す。
それを見て、可波は押さえていた華子の背中をタップした。
「ありがとう華ちゃん、もういいよ」
「カナミもカナミだよ。こんなヤツどうでもいいじゃん! ヘラヘラしてないで、自分の気持ちをハッキリぶつけなよ!」
華子の言葉が、可波の頬を打った。
――元雇い主だから?
――ハッピーを交渉材料にされていたから?
ぜんぶ関係ない。
それは争いごとを避けるための言い訳にすぎない。
言い返さないのは優しさじゃない。
ただ意気地がないだけだ。
可波は振り返る。
煩わしそうに表情を歪める安東に向かって。
「すみません。ハッピーが気になったので来ましたが、安東さんの家には戻りません。僕は今のバイトが好きなんです。僕がいないとダメなのは深刻な事実で……」
「おいっ!」
華子の声を無視して、可波は苦笑いを浮かべた。
「それに、こうやって僕のためにおせっかい焼くほど、大事にしてもらってるので。……だから、すみません。どうかお引き取りください」
「オッサン、家が大変なのはカナミのせいじゃないよ。こいつを手放したあんたのミス!」
これ以上煽らないでよ……と呆れるが、止めなかった。
不謹慎だが、彼女のおかげで胸がスッキリしたのは事実だったから。
「ふん! こんな下品で気が触れた女と知り合いのやつなど、恐ろしくて雇えるか。もういい。話はなかったことにしてくれ!」
机の上にお札を叩きつけて、安東が立ち上がる。
「おいオッサン! もう、一度受け入れたものをホイホイ手放すなよ! ハッピーだけは幸せにしてやれ。自分の都合で振り回すな。選んだおまえが責任を持てよ! カナミと違って、ハッピーは飼い主を選べないんだからなーっ!」
叫ぶ華子を一度も振り返ることなく、安東は足早にカフェを出て行った。
「……たく、大丈夫かな、ハッピー」
「うん、きっと。ハッピーの心配もしてくれてありがとうね」
安東の家は豪邸で有名だ。
近所でこれだけ注目を浴びれば噂になるだろうし、ハッピーのことも見張られるだろう。
そして可波たちも、すぐに店を追い出された。
至極真っ当である。
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