11話・今さら「戻ってこい」と言われましても

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「自分が捨てたんだろ! それをなんだよ、言い訳ばっかで自己愛がお強いですこと。こっちはカナミじゃないとダメなの! 絶対に手放さないからな!」 「お客様っ。ほかのお客様のご迷惑になりますので、大きな声はご遠慮くださいっ」  一気にまくしたてたところで、店員が止めにきた。  安東は体裁を気にして、こほんと咳払いをしてから座り直す。  それを見て、可波は押さえていた華子の背中をタップした。 「ありがとう華ちゃん、もういいよ」 「カナミもカナミだよ。こんなヤツどうでもいいじゃん! ヘラヘラしてないで、自分の気持ちをハッキリぶつけなよ!」  華子の言葉が、可波の頬を打った。  ――元雇い主だから?  ――ハッピーを交渉材料にされていたから?  ぜんぶ関係ない。  それは争いごとを避けるための言い訳にすぎない。  言い返さないのは優しさじゃない。  ただ意気地がないだけだ。  可波は振り返る。  煩わしそうに表情を歪める安東に向かって。 「すみません。ハッピーが気になったので来ましたが、安東さんの家には戻りません。僕は今のバイトが好きなんです。僕がいないとダメなのは深刻な事実で……」 「おいっ!」  華子の声を無視して、可波は苦笑いを浮かべた。 「それに、こうやって僕のためにおせっかい焼くほど、大事にしてもらってるので。……だから、すみません。どうかお引き取りください」 「オッサン、家が大変なのはカナミのせいじゃないよ。こいつを手放したあんたのミス!」  これ以上煽らないでよ……と呆れるが、止めなかった。  不謹慎だが、彼女のおかげで胸がスッキリしたのは事実だったから。 「ふん! こんな下品で気が触れた女と知り合いのやつなど、恐ろしくて雇えるか。もういい。話はなかったことにしてくれ!」  机の上にお札を叩きつけて、安東が立ち上がる。 「おいオッサン! もう、一度受け入れたものをホイホイ手放すなよ! ハッピーだけは幸せにしてやれ。自分の都合で振り回すな。選んだおまえが責任を持てよ! カナミと違って、ハッピーは飼い主を選べないんだからなーっ!」  叫ぶ華子を一度も振り返ることなく、安東は足早にカフェを出て行った。 「……たく、大丈夫かな、ハッピー」 「うん、きっと。ハッピーの心配もしてくれてありがとうね」  安東の家は豪邸で有名だ。  近所でこれだけ注目を浴びれば噂になるだろうし、ハッピーのことも見張られるだろう。  そして可波たちも、すぐに店を追い出された。  至極真っ当である。
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