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過去へ
「すごい…」
一瞬にして目の前の風景が変わった。
刈り取られた後のはずの畑が、金色の田園風景に変わった。
「こんな事も銀の魔法使いは出来るのね」
「いや、過去に戻ったりする魔法は、銀の魔法の中で最上級の魔法だからね。僕ぐらいしか出来ないよ」
という事は、こんなすごい魔力をお持ちのあの神父様にもこの魔法は使えないのか。何故か私は優越感を感じてしまった。
「よし、次はもう少し先に行くよ」
カシェルは再び私を抱き寄せた。
私は目をつむり、カシェルに身を委ねる。
ちょっとこの時が嬉しい。
カシェルの香りを強く感じる。
今度は少し長い時間、突風がふいた。
「着いたよ。だけどちょっと場所を移動しよう」
カシェルは私を抱きしめたまま、青の魔力で上空にあがり、移動した。
降り立ったそこは、我が家の庭の隅だった。
いや、多分そう。間違いなくウチの屋敷。
だけど、ウチの庭はこんなにキレイじゃない。
手入れがされた木々に生垣、薔薇のアーチ。デイジーで縁取られた小道。
テラスに誰かいる。
あ、この構図、見た事がある。
ひだまりの中、大きなお腹を撫でながら幸せそうに微笑む女性。
あのグリーンのマタニティドレスを着た女性を目の前にして、男性がキャンバスに向かって絵を描く。
お父様とお母様だ!
お父様はお若いけど、間違いない。
あの、応接間に飾ってある絵を描いている。
涙が私の頬を伝う。
お二人のそばに行きたい。お声をかけたい。
だけどカシェルがそれを優しく阻止する。
「出来るだけ、過去は変えちゃいけない」
私はうなずき、その場に留まった。
「ありがとう、カシェル」
しばらく黙ってお二人を眺めていた。
幸せそうなお母様。お腹の中の”私”が動いた、と言っては喜ぶ。
休憩の為か、お二人が屋敷に入って行ったところで私達も帰ることにした。
この時代の教会の裏口へ行き、元居た時間に戻る。
過去と現在を行き来する魔法は今いる場所と同じ場所に到着するので、使うには十分注意が必要らしい。
次に目を開けた時には、神父様が「おかえりなさい」と微笑んでいた。
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