出会い

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出会い

昔から人前に顔を出すことが苦手だった。わざと前髪を伸ばして、下を向いて歩く。顔をなるべく隠したくて、伊達だがメガネも黒縁のダサいやつを敢えてかける。周りからは野暮ったいだのオバケだの幽霊だの言われて来たけど、そんなことは気にしなかった。 ……だけどあの日、何故か俺は彼の言葉を無視できなかった。 * * * 「そこのおにーさん!カットモデル興味ない?」 髪の毛なんていつもの1000円カットで十分だとその声を無視して歩く。 「あれ?興味ない感じ……?」 「…………」 「あっ!切りたくないなら、染めるだけでもどう?」 無視してるのに引き下がらない。なるべく早歩きで去ろうと無視を続けるがその人も付いてくる。 「ねねね、お願い!1回だけ、すぐ終わるから……ねっ!」 「いや……あの、忙しい……ので、ほか当ってください……」 「そんなに時間取らせないからさ、ほんとに少しだから!お願い!今日中にモデル探さないと俺、クビになっちゃうんだ……だからさ、形だけでも……」 追いかけてくるにはそういう理由があると聞かされ、俺は無視できなくなった。もし自分のせいでこの人の仕事が無くなってしまったら、罪悪感で押しつぶされそうになるだろう。 何度も会うはず無い相手だろうが、ふとそんな事を思ってしまった。 「……あの、本当に少しだけですか?」 「もちろん!ちゃんと相談もして、嫌な事はしないからさ!」 屈託のない笑顔で話しかけてくるこの男はカットモデルがどうのとか言うからには下っ端の美容師とかそんな所だろうか。だが、美容師のように華のあるものとは縁遠い自分は卑屈に考えてしまう。これも自分の悪い癖だ。 「金も取らないしか、相談だけでも、お願い!」 頭の上で手を合わせて頼み込まれてしまう。周りの視線も集まってきて早く何とかしなければと思い、思わず頷いてしまった。 「ありがとう!」 こっち、と手を引かれすぐ近くの店へと連れていかれる。 こんな所に美容院があったのかとキョロキョロと店内を見渡す。いつも通る道のはずなのに知らなかった。 あれよあれよと椅子に座らされ、カットクロスを巻かれる。 「そうだ、自己紹介してなかったな。俺は美容師2年生の佐伯龍司!よろしくな」 「あ……吉野、凛太郎……です」 「凛太郎な!了解」 馴れ馴れしく早速呼び捨てだ。人懐っこい笑顔に、会話スキル……美容師になるべくしてなったのだろうと一目見てわかった。 「シャンプーとかどうする?もし良ければだけど、練習がてらやらせて欲しいな〜なんて」 「いいですよ」 乗りかかった船だこの際なんでもいいと適当に返事を返した。 「ちなみに、今日どのくらい時間ある?」 「別に……本屋に行く程度だし急ぎではないので……」 自分とは正反対の明るい彼に圧倒されてしまう。 「じゃ、まずシャンプーな!」 そう言うと今度はシャンプー台に通された。そこはさっきまでの場所とは違い、薄暗く何となく落ち着く空間だった。 シャンプーをされると言うのもあまり経験がないが、人の手と言うのは心地が良い。自分で洗うのとは全く別物で、リラックスできる気がした。 「終わったぞ」 「あ、俺……」 知らない間にシャンプーは終わっていた。あまりの気持ち良さにシャンプー中に眠ってしまったようだ。 「きもちよかったろ?」 「はい……」 否定する意味も無いから素直に頷く。 「人にやってもらうっていいよな。俺も好きなんだよな〜」 聞いてもないことをペラペラ喋る龍司は相変わらずの笑顔だ。 シャンプーを終えまた元の椅子に案内される。 龍司はクシを手にタオルドライした髪の毛をとかしていく。ただそれだけで野暮ったさがなくなる気がした。 「あの……あんまり、顔を出したくないっていうか……」 カットモデルをするなんて安請け合いしてしまったものの、かなりの不安だ。 「なるほどな。わかった、ならセットで遊べるだけの長さ残す感じでどう?」 何を言ってるのかあまり分からなかったから適当に返事をした。 施術の間、龍司はノンストップで話しかけてきた。今日は店休日だと言うこと、普段はまだ新人扱いで施術させて貰うのは稀だとか、趣味や好きな物、他愛のない話をする。俺はそれにたまに返事をする程度でコミュ力の低さを実感させられる。 テキパキとした手つきでカットをしてる龍司の顔をたまに鏡越しに除くとワクワクしたようなそんな顔をしながら施術している。 シャンプーの時も思ったが、この人の手はとても気持ちがいい。頭皮に触れる暖かい手に何となく安心感を覚える気がした。 「よし!完成っと。ちょっとワックスつけるからまっててな」 カットは割と早く終わった。怖くて鏡を見ることができず俯いているとふんわりとジャスミンの香りが漂う。 「いい匂いだろ〜、俺このワックスすげぇ好きなんだよね」 毛先を中心にワックスを塗りこむ。 「よーし、今度こそOK。できたぞ!」 鏡を見るように言われるがなかなか顔をあげられない。自分の顔なんて殆ど見ないし、見たくもないのだ。思わず突っかかるように不安を龍司にぶつけてしまう。 「貴方みたいに、キラキラした世界は……俺には似合わない……」 「そんな事ないっしょ。ほら、鏡みてみ?アンタめっちゃいい顔してるじゃん」 勇気をだして鏡を見た。すると視界が一気に明るくなり、目の前には自分とは思えない姿があった。 「……何これ、魔法みたい」 短くなった前髪が緩やかにセットされ、全体的にスタイリッシュな髪型になっていた。髪の色は変わらず黒のままだがかなり垢抜けた感じにみえる。 「魔法じゃないよ。こんなあんたが見てみたいって俺の勝手なイメージを押し付けてるだけ。ごめんな、髪の毛切りたくなかったろ」 「……まぁ」 「でもさ、お前顔良いし、この髪型めっちゃ似合ってるよ。俺と違って背も高いし、すっげぇかっこよくなった!」 鏡越しににっかり笑うその姿が眩しくて見惚れてしまう。 「…………」 「……もしかして、怒った……?」 「あ、いえ……見慣れない自分なので……」 「そっか。あのさ、さっき魔法みたいって言ったよな。」 「はい……」 「ほんとにそんなこと無いんだけどさ、そう思うのも分かるんだよ俺。……みてこれ」 差し出されたスマホを覗き込むとさっきまでの自分と似た男が映っていた。 「これね、中学生の時の俺。もさいだろ?」 今目の前にいる男と写真の男が同一人物とは信じがたかった。 「昔こんなだからよく虐められてたんだよ。でもな、ある日美容師の人にカットモデル頼まれてさ。しかもさっきみたいに割と強引に。最初は文句ばっか言ってたけど、カット終わった俺を見てさ……さっきまでとは全然違くて驚いたんだ。視野も広い感じだし、明るいし……そんで次の日学校行ったらみんなに話しかけられてさ……気分も明るくなってたから話とかしてたらイジメなんて無くなってた」 この人も昔、そんな経験をしていたのかと驚いた。こういう人は元からキラキラしててそれが当たり前だと思っていたから。 「だから俺さ、俺みたいな人を輝かせたくて美容師になったんだよ。んで、あんたがそのうちの一人って訳。なんかほっとけなくてさ……強引な事してごめんな?」 「いえ……」 ふと携帯を持つ手に目が行く。龍司の手は赤切れが出来てたり、ハサミを持つところにカサブタが出来たりとボロボロだった。 「あの……手痛くない……?」 「あぁ、これな。恥ずかしいとこ見られたな」 パッと後ろに手を隠して笑う龍司。それを見て一瞬で美容師がどんなに大変な仕事かわかった気がした。毎日何人ものシャンプーをして、髪の染め剤に触れたり、かなり肌に不可がかかるであろう大変な仕事だ。 「大変な仕事なんですね。キラキラしてるだけじゃない……トークスキルとか、情報収集とかも大事だろうし……」 「まぁな、楽な仕事なんて無いだろ。リンタローだって苦労してること沢山あるだろうし、皆おんなじだよ」 「俺は……ただ好きなこと突き詰めるために大学院言ってるだけだし……」 「けど、いくら好きでも続かねぇやつは居る。ひとつのこと突き詰めるって大変なことだと思うから、俺はリンタローすげぇと思うぞ」 にかっと笑ったのを見て心臓がきゅっとなるのを感じた。 なんだ、これ……とカットクロスの中で胸の当たりを掴む。早鐘を打つ心臓に驚く。
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