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ベンチポテンシャル
太陽の傾き始めた世界はどっぷりと紅の光線に焼かれていた。
暇潰しに公園の周回コースをぐるぐると歩き回る私は、ふと見惚れた情景を詠んだ。
「棒振りは 虹の円環 風に乗せ 桜の木陰 子らを躍らす……って!」
喉を鳴らすと達成感よりも羞恥がこみ上げてきた。気恥ずかしい。狼狽した私は辺りを見回し、ペースを速めた。
「うーわ」
これが若気の至りか。柄にもなく短歌を口ずさみ、悶えるなんて馬鹿みたいだ。
軽い眩暈を覚えて、ベンチに腰掛ける。そこは私の定位置だった。市電通り沿いの道路に隣接し、在籍している大学の棟が見える絶好のロケーション。建築物好きにとって、これほどの贅沢はあるまい。
「ブラック、にげぇ」
遠方の桜島が今日も今日とて灰を飛ばす。もはや見慣れた景色のため、趣もへったくれもない。ただし、今日の私には価値のある代物だ。
「これ以上やったら、テントウムシ埋もれる!」
「おやつ持ってきたよ! テントウムシの!」
「テントウムシは食べれないよ!」
「可愛いじゃん、テントウムシ………テントウムシ嫌いなの? 嫌いなの?」
前後左右で無邪気な子供の声が、玉の跳ねる音が、市街の喧騒にまじる。
私は束の間の休息に目を細めた。長らくホテルでの療養を余儀なくされたこともあって、他愛ない散歩すら幸せに思ったのだ。
「嗚呼、綺麗だなあ」
物思いに耽る。単なる夕闇の公園が新鮮で美しい対象になるとは思いも寄らず、淀んだ感情が刷新されていくのを肌身で感じた。しっかり膿を出し切る。
「もう四月三日なんて絶望だ」
心中を満たす焦燥感。どうにもならない出遅れを愚痴った。
今日から私は普段通りの日常に溶け込んでいくというのに、心は一週間前に囚われたままだ。過去に幽閉されているとしか言い様がない。
「生き地獄ぅ…」
コーヒーを啜るたび、執拗にごねた。行く先に待ち受ける就職活動も研究室も険しい壁なのだ。
「さむ」
いつの間にか春の陽気は失せていて、薄着で外出した病み上がりの私に冷たい風が吹きつける。公園に影が降りていた。
思考が切り替わる。体は資本だ。名残惜しいが帰るとしよう。
夕陽に向けて歩き出す。不思議なことに沈んでいた心に活力が戻ってきた。
「三食弁当ホテル生活よりはマシか」
就活に研究室。これから身に降りかかる山積みの課題を挙げるとキリがない。ただ、何よりも私は体調の万全さを歓迎した。
「歩き出す 陽を後ろに 行く末の 紅の天道 若葉の虫食い」
茜色の空、無数のシャボン玉が帰路を彩る。季節外れのイルミネーションは朱を背景に、虹色に輝いていた。
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