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忌み地―祠―
「實、遊んでばかりおらんと勉強しなさい! 貴方もお父さんみたいに中村家を継いで立派な医者になるんですからね」
お母ちゃんはなにかにつけて、勉強せいとうるさい。俺は勉強は苦手だし、弟の方が医者には向いてると思うけど、長男だからそうはいかないようだ。将来は役者になって、大衆演劇にでて剣劇をやるのが夢だ。
「なぁ、實。今日はなにして遊ぶ? 輪回しも紙メンコも飽きたぞ。相撲でもするか!」
「相撲はもう飽きた。お母ちゃんの着物持ってきて、芸者ごっこでもやるか」
坊主頭の勇と鼻水を垂らした三郎が頭を撫でながら俺の方みて意見を仰いだ。お母ちゃんの着物を盗んで、芸者の格好して遊んだり、歌舞伎のまねをするのは楽しかったが、お父ちゃんに、ゲンコツで殴られ女々しいことをするなと怒鳴られた。
「俺たちもう、高等小学校にいくんだぜ。いつまでもガキみたいなことしてないで、もっとおもしろいことをしよう」
「おもしろいことって、なんだよ」
俺は祠を指さした。
お母ちゃんだけじゃなく、近所の婆さんも爺さんも、あれには触れるな、絶対に悪戯するなときつく言われている。
勇と三郎は互いの顔を見合わせ、おそるおそる俺に尋ねた。
「でも、あの祠には神様がいるんだろ。悪戯なんてしたら、罰が当たるよ」
「あそこは神様じゃないって話だぞ、勇。怖いよ、婆ちゃんに灸されちゃう」
「ふん、俺は怖くないぞ。そんなものへっちゃらだ」
勇も三郎も俺の舎弟だ。こいつらに俺が強いところを見せつけてやりたい。今なら通行人もいないし、井戸端会議をしているおばちゃんたちもいない。
俺が祠に近づくと、ふたりもおそるおそる後ろから様子を伺っていた。
「開けるぞ!」
俺が祠の扉を開くと、視界か揺れてちょんまげをした武士が刀を振り上げているのが見えた。
男の目は血走り、衝撃が首に加わったかと思うと俺の首がゴロンと転がり落ちた。
視線の先に居るのは俺と同い年か、もっと小さい女の子と男の子が俯いて正座をしていた。
そして乳飲み子を抱いたお母ちゃんくらいの女の人が泣きながらうなだれている。
次々と打首にされていく様子を見ながら俺はまるで見世物をみるように、興味津々にその様子で見る観客や、執行人の武士を見るとふつふつと怒りが込み上げてきた。
――――縁坐とは鬼の所業よ
――――乳飲み子まで殺すのは楽しいか。
――――許さぬ、ユルサヌ、ユルサヌ、悔しいい。悔しいい。
――――民のためと思っておったのに、末代まで呪うてやるわ。臣下ともども我らの血が染み付いたこの地に作物など育たぬ。
泣き叫ぶ勇と三郎の声が響いて、お母ちゃんが半狂乱で俺の元に走ってくると泣きながら抱きしめた。
俺は失禁して、口を開けていた。
✤✤✤
座敷牢に閉じ込められてもう何年経ったかわからない。この家は弟が継いだようだが、もうどうでもいい。
殺らねばならぬ。
ようやく祠から出られたのだから、この座敷牢から出て殺らねばならぬ。
俺は、隠し持っていた釘で鍵を開けると扉を開いた。年老いたお母ちゃんとお父ちゃんを撲殺すると、弟と揉み合った。
そして、弟の心臓を包丁で刺すと弟の嫁だと思われる女の首を斬った。
「最後は俺が……俺が……」
俺は包丁を手にすると自分の首に突き立てた。老若男女問わず声が聞こえて俺の中に吸収されていく。
それからしばらくして、戦争で焼かれた者も全て俺の中で渦巻いて腸が捻りきれそうだ。それが妙に心地がいい。
この地に家を建てた一家も根絶やしにしてやった。
「それなりにきちんと祀れば、祟られないのになぁ」
俺は呆れたようにそういうと『24時間、コインランドリー!安くて綺麗、ふわっと乾燥』の看板を見て笑った。
【コインランドリー 完】
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