前日譚―コインランドリー②―

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前日譚―コインランドリー②―

 なかなか帰ってこないな。  使えるランドリーがあるか、確認しているのかもしれないが、それにしても遅すぎる。  あの人、時間にルーズだもんなぁ。 「さすがに30分は長いな。しかし、行きたくねぇなぁ。あそこは気味が悪いんだよ」  あの物件は、業界でたらい回しにされているところだ。  仲介業者同士、事故物件をお互い条件に合う客を紹介して契約させることはあるんだが、あの場所は、とにかく契約者が不幸に見舞わたり行方不明になるので、積極的に客に進めたがらない場所だった。  だけど、場所はいい……もったいない。  牧村さんにせがまれて紹介したが、住んだら不幸になるかもしれないとは言えなかった。  偶然かもしれないし、牧村さんはオカルト的なものは信じないと言ってたので大丈夫だろう。あの物件が売れれば、俺の肩の荷が下りるんだ。  俺は車から降りると、コインランドリーに近づき中を覗く。姿が見えず、恐る恐るコインランドリーの中に入ると、牧村さんが泡を吹いて倒れていた。 「ちょ、ちょっと……牧村さん! 大丈夫か!」 「…………ううん、あれ……?」 「あんた、持病でもあるのか? 救急車呼ぼうか?」  脳梗塞(のうこうそく)で倒れたか、心臓発作かと思って救急車を呼ぼうとズボンのポケットに手を伸ばすと、牧村さんは意識を取り戻した。  顔は青ざめていたが、なんでもないと弱々しく返答して、大事にしないでくれと頼まれた。  それから一週間後、牧村さんは首を括った。    本当にすまない。  うん、あんたの日記を読んだよ。  洗濯機から、夜中に赤ん坊の声が聞こえる……あんたも俺も、独身なのにおかしいよな。  そうそう、風呂に入ってると、ジーンズを履いた女の影を見るんだ……あんたも日記に書き記してただろ、あの女だよ。  牧村さん、あの女どこかで見た気がしてな。必死に思い出してみたら、この辺で物件を探してて……俺が契約した夫婦だよ。  そこの奥さん。美人だったから覚えてる。  そうだよ、飛び降り自殺して……育児ノイローゼだって話だけど、ありゃ嘘だ。  息子は小学生だしな、二人目もいずれって話だった。  コインランドリーで何か見たんじゃないか。  それから、牧村さんが言ってた赤いマネキュアの女、あいつが夜中にじゅう窓やら壁をカリカリ爪で引っ掻くんで眠れないんだよ。  そうそう、あんたが電話で話してたとおりだよ……だからもう、許してくれ……牧村さん。 「ウゾォツキ」  牧村さんは首に縄をつけたまま、だらんと手を下ろし、直角に折れた首を横に倒しながらくぐもった声で俺を攻めた。  昼夜問わずあの格好で現れるんだ。  牧村さんの遺体が発見されてから、なぜか俺の家の寝室の扉の前にいる。  俺は怖くて、それから外出できなくなってしまった。  部下や本社の人間が心配して見にきたが、俺を見るなりしばらく安め、早く病院に行けと言って逃げるように帰っていった。  牧村さん、どいてくれないか……ちゃんと供養するから、な?  うん、うん、わかったよ、もうベランダから降りるしか無いかなぁ。 「牧村さん、わかってるよ。線香あげるためにはここから出ないとならんだろ。夜釣り? そうだな、いいな……久しぶりに行こう。わかってる、釣りのことに関して嘘なんてつかんよ」  俺は釣り道具を持ってベランダの鍵を開けた。まだ肌寒いなぁ、二月だから下着姿でも外に出られると思ったんだが。   「牧村さーん、そこで釣り道具受け止めてくれよ。今行くからさ」  俺は釣り道具を下に落とすと、ベランダの手すりを乗り越える。牧村さんは、首をブラブラさせながら笑っていた。  夜釣り、楽しみだなぁ――――。
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