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後日談―カフェ①―
こんなに安い物件が駅チカにあって本当に助かった。
20代で友達と共同経営するなんて不安もあったけど、自治体が若い世代の融資に積極的で本当にラッキーだった。
ようやく、子供のころからの夢だったお洒落なカフェで働けるんだもん。沙織と翔太くんと一緒に雑貨を選ぶの楽しかったなぁ。
「いよいよ、オープンは明日だね。わたしドキドキしてきちゃった」
「愛、さっきからそればっか。翔太くんのデザインしたカフェ、最高に可愛くて素敵なんだから、大丈夫だよ」
沙織の言葉にわたしは少し気が楽になった。やっぱり初めて、自分たちの店を持ったからプレッシャーを感じるところもあったけど、こうして形になると嬉しい。
前はコインランドリーだったらしくて、そのせいか、ランドリーの裏のシミやコンクリートの壁が薄汚い。
これが安い理由かな、なんて三人で話してたけど、立地が良いしやっぱり安さで決めちゃったんだよね。
第一印象はおばけでも出そう、だったけど古い物件だし、ペンキを塗り替えたり雑貨を置いたらかなり印象が変わって明るくなった気がする。
「ちょっとこの物件、湿気が多いから除湿機は必要かもな。コインランドリーだったことも関係してるのかもしんないけど、カビはえそうだから、気をつけたほうがいいぞ」
「じゃーん、それはもう用意してます」
翔太くんの忠告に、沙織はしてやったりの顔で両手をヒラヒラさせると除湿機を見せた。
そうなんだよね、長年使われてなかったからかなんだか湿気臭くて……。
でも、やっぱり人の手が入ると物件も生き返るんだな。
「今日はこの辺にしよう。腹も減ったしなー」
「そうだね、開店祝いのお花も飾ったし……そろそろ、上がろう」
「うん。せっかくだしさ……今日は晩御飯、豪華にしない?」
わたしと沙織は従姉妹で、隣町でルームシェアしている。翔太くんは幼なじみだ。
なので、わたしたち三人、仲が良くてなにもない時でもみんなで頻繁にご飯に行ったりする関係だ。オープン祝いに、馴染みのイタリアンで食べ放題しようかと盛り上がっていた。
あそこは前菜が美味しくてわたしのお気に入りなんだよね。
電気を消し、カフェのシャッターを下ろして駅へと向かっていく道中で、わたしはスマホを店に忘れてきたことに気づいた。
「あ。やばい! スマホ忘れてきちゃった。先に行っててくれない? 追いつくから」
わたしは二人に謝り倒すと、先に店までいってもらうことにした。
沙織と翔太くんは笑って気をつけろよと手をふる。わたしは焦りながら店までもどると、シャッターを開ける。
放課後誰もいない教室に、忘れ物を取りに行った時のような感覚だ。なんとなく怖い。
「二人ともお腹すかせてるから、早くしないと怒られちゃうなぁ」
わたしは、ひとりごとを言って、気を紛らわせる。
ようやく壁を伝いながら、カウンターまでいくと、チカチカと点滅するスマホを見つけた。
わたしは、予想通りのところに置いてあることに安心し、スマホに触れる。
スリープ状態になっていた、液晶画面のロックを解除しようとした。
「……っ!」
画面が明るくなった瞬間、白い手とズボンを履いた下半身が見えたような気がしてわたしは思わず、スマホを取り落としてしまった。
落下した時の衝撃音が誰もいないはずの店に響きわたる。
――――今のなに?
――――泥棒?
今までずっとみんなと一緒だったんだから忍び込むすきも、隠れる時間もなかったはず。
それともわたしたちが来る前に誰か不法侵入していたの?
やだ、怖い……。
震える手でスマホを取り上げると、体をぶつけながらお店の電気をつけた。
「あれ……? 誰もいない。気のせいかな」
誰かが隠れるような物音もしなかったし、わたしに気づかれないようにこの店を出ることは無理だ。
じゃあ、やっぱり気のせいかな……?
怖い怖いと思ってるから幻覚が見えたのかも、早くみんなのもとに向かおう。
わたしは急いで店から出ると鍵をかけ、シャッターを閉めた。
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