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後日談―カフェ⑥―
「愛!」
玄関の開く音がして、誰かがバタバタと走ってきた。泣きながら顔を上げるとそこには、青ざめた沙織がいて、わたしを強く抱きしめてくれた。
思い出しただけでも、発狂してしまいそうな、化け物の姿はどこにもない。沙織が帰ってきてくれたから、あれはいなくなったのかな?
手の中で強く握っていた御守りと御札を見ると、すべて焼け焦げていた。
「沙織、なんで………?」
「ごめん、ごめんね、愛………」
泣きじゃくる沙織は、彼氏のマンションで体験した事をわたしに話してくれた。泊まりにいったのはいいけど、どうやら運悪く彼は夜勤のシフトで、沙織はひとりで部屋で過ごしていたらしい。
翔太くんが亡くなった事実を、まだ受け入れることができなくて、沙織はご飯も食べずに早めに就寝した。そして、わたしが体験したことと、全く同じことが沙織の身にも降り掛かっていた。
「私、愛の言うことをまともに信じてなかった。怖がらせるために、私をからかってるんだって思ってたんだ。でも考えたら、今まで愛はそんな冗談、言ったこと無いよね……。愛が危ないと思って急いで帰ってきたの」
「ありがとう……沙織、本当に怖かった! もうだめだと思ったの、私死ぬって思って……。急いで帰ってきたんだよね、お茶淹れるから待ってて」
わたしは沙織に抱きつくと、涙を拭いて立ち上がり冷蔵庫のほうへと向かった。沙織の彼氏のマンションって、たしかわたしたちの最寄り駅から二つほど離れてる。夜勤だって言ってたから、こんな夜中に一人で自転車を走らせてここまで帰ってくるなんて、かなり大変だったと思う。
「沙織、お茶にする? それともオレンジ……」
冷蔵庫を閉じて振り返るとそこには、沙織の姿は無かった。
✤✤✤
あの日、沙織は彼氏のマンションのベランダから飛び降りて死んでいた。事件と事故の両面から捜査されたけど、彼氏は本当に夜勤の仕事についていて、アリバイが成立し自殺ということになった。
伯母さんは、彼氏が沙織と別れたがったりしてなかったかとか、金銭トラブルのことで相談されなかったのとか、遺書は部屋に置いていなかったのとか、根掘り葉掘り聞かれたけど、そんなことは一切なかった。
沙織と彼は、私が知る限り上手くいってたし、浮気をする暇などないくらい、二人とも仕事が忙しかった。それに彼女が自殺ではないことはわたしがよくわかってる。
――――沙織はわたしを助けてくれたんだ。
あの日、わたしより先にあの化け物に襲われて沙織はベランダから落ちたんだと思う。きっとわたしのことが心配で、幽霊の姿になっても助けにきてくれたんだって、今でもずっと信じている。
『本当にいいんですか、愛さん。忌み地と縁ができてしまうと……この先ずっと子孫にまでついて回りますよ』
「いいんです。この場所を他の誰かに渡したらまた誰かが犠牲になりますから。この祠はわたしと、家族で守っていきます」
わたしは、雨宮さんと電話で話していた。
あれから石の祠を購入すると、カフェの隣に建てることにした。雨宮さんの指示通り、祠の中にはなにも御神体を入れず『あれ』の住処にする。
この土地を売り払って逃げても良かったけど、それじゃあ翔太くんと沙織が浮かばれないような気がして……できなかった。
それに、どこに移転しても簡単に『あれ』から逃げられるとは思えない。
『そうですか……。僕、霊視したんですがコインランドリーができる前から囚われていた霊も、もういなくなってます。これで、大丈夫だと思いますが、くれぐれも掟を破らないように気をつけて下さいね』
わたしは礼を言うと電話を切った。雨宮さんがわたしに教えた掟はこうだ。
この祠を疎かにしないこと。
絶対に石扉を開けないこと、元旦には生きている家族全員で、祠に訪れ参拝することだった。
雨宮さんの忠告を守って、この祠を鎮め祀らなければ血は絶えると言われた。わたしは、まだ見ぬ子供たちと、その子孫にまで呪いを背負わせてしまったことになる。
「愛、もういけるか?」
「うん、颯真くん、もう大丈夫だよ」
後ろから呼びかけられ、わたしは自分のお腹をいたわるように擦ると彼を振り返って、満面の笑みを浮かべた。
――――巻き込んで、ごめんね。
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