うばえないもの

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うばえないもの

 ヒグルマがやみの中で聞いたのは、女神の神託(おつげ)に違いありませんでした。 「名前を呼べ、とおっしゃられた」  女神によれば、さらわれた子どもたちはネズミに変えられ、言葉をうばわれているのだそうです。しばらくすると、自分がヒトだったことさえ忘れてしまうというのでした。 「それでもけっして、うばえないものがひとつある。名前じゃ。名を呼ばれてほんとうの自分を思い出せば、術がとけて戻ってくるぞ」  ヒグルマは、「でも」と声を上げました。 「ネノカタスがどこにあるか知りません」 「お主には、たどり着くことが出来ぬ。だが行かずとも、ただひとつことを続ければよい」  女神はおごそかに告げました。 「名前を呼べ」  ヒグルマは目を開くと立ち上がり、肺いっぱいに風を取り入れました。そうして妹の名を呼びながら、家路についたのでした。
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