4. 本郷沙絵

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4. 本郷沙絵

沙絵(さえ)は今、真下に横たわる自分の姿を見ていた。 そこにいる自分は白い着物のようなものを着ていて、箱の中で目を閉じている。まるで棺桶のような四角い箱。 周りには家族や親戚や友達がいて、花を一輪ずつ順番に、箱の中に置いていく。 何これ。まるでお葬式みたいじゃないの。 夢?嫌な夢。 「沙絵ぇ、沙絵ぇぇ。」 母親が泣きながら、自分を抱きしめている。 その姿を父親が後ろから見ている。唇を一文字に結んで、何かを堪えているように見える。 「沙絵ちゃん、可哀想に。まだ38歳でしょ。」 ヒソヒソと話す声が聞こえて、沙絵は少し離れた場所にいる2人の女性を見た。 「癌だって。転移がひどかったみたいで…。」 あれは、東京の叔母さんと横浜の叔母さん? 「子供たちもまだ中学生と小学生ですって。旦那さん、これから大変ね。」 叔母さんたちは何を言っているのだろう。 恭一(きょういち)が大変?なぜ。 「ほら、ママにさよなら言わないと。」 ずっと黙っていた沙絵の父親が、近くにいた男性と2人の女の子に話しかけた。 「…そうだね。ほら、みっちゃん、さーちゃん。こっちおいで。恭一さんも。」 泣いていた母親が振り向いて、手招きをする。 女の子たちは白い花を持って、沙絵が入っている箱に近づいた。2人同時に中を覗き込む。 「ママ。」 先に口を開いたのは、「さーちゃん」と呼ばれた女の子だった。 「ママ…。」 沙絵に顔を近づけると、うわーんと、大きな声を上げて泣き出した。こぼれた涙が、箱の中の沙絵の頬を濡らしていく。 その横で「みっちゃん」と呼ばれた制服を着た女の子も、無言で大粒の涙を流している。 咲良(さくら)光希(みつき)。 2人とも沙絵の娘である。 娘たちの後ろでは、沙絵の夫である本郷恭一(ほんごうきょういち)が手を前に組み、目の周りを真っ赤に腫らして立っていた。 …みんな泣いている。 あぁ、そうか。 これは夢なんかじゃない。 この四角い箱は、やっぱり棺桶で…。 そうだった。 私、死んだんだった。
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